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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime24Number2



小石川分館特別展示
貝に学ぶデザイン

松本文夫(本館特任教授/建築学)

 小石川分館で開催中の特別展示『貝の建築学』は、佐々木猛智准教授の学術企画による展示で、筆者は展示デザインを担当した。世界各地で採集された貝殻標本400種以上を展示しており、なかでも佐々木研究室が作成した150個におよぶ切断標本の公開は前例のない試みである。
 貝殻は貝がみずから形成した住処であり、成長のための構成原理(アーキテクチャ)を内包している。切断標本はその驚異の内部構造を見せてくれる。佐々木准教授によれば、貝殻の成長は「等角螺旋」と「付加成長」という2つの原理で説明できる。等角螺旋は螺旋の中心に対して一定の接線角度で拡大する形式であり、付加成長は殻の縁辺部に結晶を追加して成長する形式である。このように成長のための明快な規則性をもちながら、実際の貝類には驚くべき多様性がみられる。普遍的な原理と多彩な実体が共存する貝の世界は、「モノをつくる」デザインにとって学ぶことが多い。
 本展の企画段階から、会場設計に「螺旋」を採用することを検討してきた。螺旋は貝のシンボリックな形態であるとともに、展示の拡張可能性を試行する幾何学でもある。小石川分館の2階展示室には、東京医学校本館以来の既存柱が林立している。展示ケースを展開するにあたっては、これらの柱の中心を通る螺旋の基準線をまず設定した。この基準線は対数螺旋ではなく、柱間寸法から導き出された円弧の組み合わせである。展示ケースの汎用性を高めるために、曲線ではなく直線を組み合わせた「多角形の螺旋」としてケースを配列した。付加成長の原理で計画されているので、螺旋に沿ってさらに延展可能であり、長方形の展示ケースは多様な配置に対応できる。完成した展示では、螺旋の中心部には「巻きが強く尖った」貝類が、螺旋の末端部に向けて「巻きが緩く平たい」貝類が列品されている。
 貝はデザインのインスピレーションの源であった。建築では「シェル構造」と呼ばれる曲面板構造があり、家具では「シェルチェア」という背座一体で成形した量産型の椅子がある。こういった事例に加えて、「貝の建築学」はデザインの可能性に多くの示唆を与えてくれる。第一は「多様性の展開」である。貝の形態は円盤形、円錐形、塔形、倒円錐形、筒形、不定形などのタイプがあり、一定のアルゴリズムから多様な個体を生み出す設計過程は参考になる。第二は「微視的な構造」である。貝の結晶構造は炭酸カルシウムの複数の層が時に向きを変えて重なったもので、軽量で堅牢なマテリアルの研究開発にヒントを与えてくれる。第三に「成長のデザイン」である。成長変化は近代以降のデザインの本質的な課題であり、規模の増大と構造の発達への設計対応が求められている。たとえば建築家のル・コルビュジエは「無限連鎖美術館計画」において付加成長による四角い螺旋形の建築を提案している。
 自らの身体に合わせ、必要な空間を付加しながら生き延びる貝の生態には優れた生存戦略が見出せる。建築物を建てては壊し、地球規模の消費を続ける人類の行く末を考える上で学ぶところがある

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図1 「貝の建築学」展の展示会場の俯瞰図.