東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime23Number3



復興支援
大槌文化ハウスでの5年間の活動

松本文夫(本館特任教授/建築学)

 東日本大震災からまもなく8年が経過する。東京大学総合研究博物館は岩手県大槌町と共同で2013年9月9日に大槌文化ハウスを開設した。その設立経緯は「大槌文化ハウスでの2年間の活動」(ウロボロス Volume20/Number2)で報告した通りである。震災復興でハードの整備が先行するなかで、大学による文化支援を目指して計画された。町内外の人々が交流し、地域資源と学術研究を結びつけ、まちづくりや社会環境を話し合う場になることを目途とした。大槌町中央公民館の一室に、当館教職員からの3500冊の寄贈図書を配架し、モバイル展示を設営し、人が集う大テーブルを配置した。大槌文化ハウスにおける活動のコアとなった「東大教室@大槌」は2013年10月にスタートし、5年間に60教室を開催するに至った。東京大学総合研究博物館および東京大学国際沿岸海洋研究センターの研究者31名が講師をつとめ、地元の熱心な参加者の方々に支えられた。開始して5年を経て、2018年10月に東大教室の活動を終了した。
 教室のテーマは多岐に渡った。自然誌系は「古生物、魚、鳥、骨、植物、昆虫、解剖、太陽系、貝、恐竜」、文化誌系は「考古学、遺跡、古地図、伝えること、収集、デザイン、彫刻、古文書、蓄音機、アート」、海洋研の研究者による「海」のシリーズ、筆者担当の「空間、映像」のシリーズである(表参照)。これらの教室に参加した受講者は延べ496人であった。同席の町職員を含めて毎回約10人が参加したことになる。各回教室の受講者アンケートから満足度を集計したところ、有効回答422のうち、満足327(77.5%)、やや満足67(15.9%)、普通28(6.6%)、やや不満足0、不満足0という結果であった。
 ここで前回の報告に引き続き、各教室に対する受講者のコメントの一部を紹介したい(第31回以降分)。「参加者の関心が高く、いろいろな質問が出て様々な角度からの話を聞くことができた(収集の教室)」「先生の知識の深さ・研修の深さにただ聞き入った(海の教室3)」「形態的な分類だけでなく、DNAによるカテゴリーの違いがあることがわかった(植物の教室)」「目に見えない海の中のあり様を数値として解析していたた゛き大変わかりやすかった(海の教室4)」「三陸沿岸の震災遺構の詳しい調査に感謝。大槌町役場の保存の必要性を感じた(空間の教室17)」「博物館を訪れた者を魅了するのはデザインの力だと感じた(デザインの教室)」「動物の生息に必要な栄養と海の関係がわかりやすかった(海の教室5)」「彫刻のバリエーションの広さとその目的・役目が良くわかった(彫刻の教室)」「身近な大槌湾で世界最先端の研究が行われている事を知った(海の教室6)」「長期にわたり続いた江戸幕府の統治の一端を教えて頂いた(古文書の教室)」「データが豊富で内容に納得がいった。小さな貝から得られる情報量におどろいた(海の教室7)」「音を記録する技術の進化が良くわかった。アナログの音の魅力に感動した(蓄音機の教室)」「貝殻に残る捕食痕跡の研究に興味があった(海の教室8)」「人類の生活様式と土器の様式の変化を関連づけて理解できた(考古学の教室)」「現代に生きる生物との対比を考えてみることの大切さを痛感した(恐竜の教室)」「濃い内容で、わかりやすい。町づくりを多面的に考えることに勇気づけられる(空間の教室26)」「ボランティアによる文化事業が可能だと知り、大槌町の未来にとって希望がもてる話だった(最終講義)」。また、東大教室@大槌の全体に対しても「この講座を受けてから、社会や自然がまるで別の物に見える。新たな視点から物事をとらえる事が出来るようになった。」といった数々の前向きの感想をいただいた。
 東大教室で紹介された先端研究が、大槌の地域資源の再発見や創出に結びつくことを願うばかりである。この間、復興事業の進展によって新しい大槌の姿が少しずつ現われてきた。盛土された中心市街地や住宅地が整備され、鉄道が再び敷設され、高さ14.5mの防潮堤が建ち上がる。一方で、保存問題で揺れた旧役場庁舎は惜しくも解体され、貴重な湧水・自噴井の多くが姿を消した。未来の大槌の姿はいまだに構築途上である。
 最終回の東大教室@大槌では、大槌文化ハウスの設立起案者である西野嘉章特任教授(元当館館長)にお話しをいただいた。西野教授はノルウェーの北極圏で進められている文化事業「アートスケープ」を紹介しつつ、防潮堤などを含む被災地の新たな居住環境を積極的に文化芸術活動に取り込むことを提言された。被災地では長い時間を経て、復旧・復興から日常の回復へ、そして文化蓄積へと徐々に向かいつつある。その過程で、自然資源と文化資源を生かした環境共生型社会の創成に寄与することが大学による文化支援の長期的な展望となるのではないか。引き続き存続する大槌文化ハウスの新たな役割にも期待したい。
 最後に、大槌文化ハウスの設営と運営にご支援をいただいたバークレイズ・グループ、新日鉄興和不動産、三浦設備の各社に深く御礼を申し上げる。また東大教室@大槌にご参加いただいた講師の先生方と受講者の皆様、そして大槌町生涯学習課の方々に感謝を申し上げる。

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表 大槌文化ハウスにおける東大教室@大槌の開催一覧
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