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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime21Number2



学芸員専修コース
映像博物学の展開―学芸員専修コースの実施報告

松本文夫(本館特任教授/建築学)

  平成28年度の学芸員専修コースは、「映像博物学の展開――映像による知の再構築」というテーマで、11月7日から11日まで博物館本館で開催された。「映像博物学」は平成22年度の専修コースで提起されたことばで、映像技術を活用する博物学および映像資料から世界を探求する博物学の両方を含意したものである。前回はミュージアムにおける映像表現を実践的に試行し、学術標本を題材として映像作品を制作した。今回は蓄積された映像資源を創造的に活用すべく、「映像として存在するミュージアム」を構想することを目標にした。前半2日間は、映画制作、博物表現、映像保存、自然科学、文化人類学の専門家による講義を実施し、後半3日間は、映像作品の企画構想と制作演習を行った。受講者は首都圏のミュージアムの学芸員ら計7名であった。
 前半の講義の概要は以下の通りである。映画監督の黒沢清先生は「映画とは何か」と題し、映画黎明期のリュミエール兄弟らの作品で生まれた「映画の原理」、すなわち自然をよそおった演出、大勢の前での上映、1シーン約80秒という長さの制約が、今の映画の根底にも作用していることを言葉によって解き明かされた。本館の遠藤秀紀先生は「映像におけるあなたの自己表現のために」と題し、市場原理のもとで表現が軽んじられる現状を憂い、映像の取り下げ、希少な歴史事実、謙虚な試行錯誤、カーナビ的な制作について紹介しつつ、失敗を恐れない「表現者」であることの重要性を指摘された。東京国立近代美術館フィルムセンターの岡田秀則先生は「映像の活用とアーカイブ」と題し、映像のContent(内容)、Context(文脈)、 Carrier(素材)の保存を念頭に、映画の著作権の現状、ノンフィルム資料の保存、デジタル媒体による映像保存の可能性と限界などについて解説された。本館の宮本英昭先生は「映像による自然科学研究」と題し、「宇宙ミュージアムTeNQ」における太陽系探査の展示ついて、「私たちはどこにいるのか」という本質的な問いを幾つかの疑問点にブレークダウンし、対応した映像コンテンツと共にエッセンスを文字情報に抽象化するという設計思想を説明された。国立民族学博物館の川瀬慈先生は「映像人類学―民族誌映画の創造と革新―」と題し、映像人類学の認識論的転換を背景として民族誌映画の様式が「観察型」や「解説型」に留まらずに多様化している現状を指摘し、その方法論的変遷や理論的潮流について解説された。本館の松本文夫は「映像博物学概論」と題し、メディアの歴史、写真と映像の起源、イメージの理論について概観し、続いて映像の創造的実践にかかわるポイントとして、作品の構造、素材の形式、体験の環境の3つについて解説した。また「映像表現手法」と題し、映像の撮影、編集、演出、空間表現に関わる手法について、時間と空間、視覚の尺度、移動と定着、音楽と律動、現実と虚構、身体の運動、感情の表出、論理と情念、交感と協調、都市の表現、外部の世界というテーマで作例紹介を行った。
 後半の演習では、「映像として存在するミュージアム」の制作を行った。受講者は課題に関わる企画構想案と短い素材動画を提出するように求められており、まずは各人の自己紹介を兼ねたプレゼンテーションから始まった。一方主催者側では、ミュージアムの構成素材となりうる映像/画像コンテンツをあらかじめ準備した。総合研究博物館各館の標本と展示の映像/画像、本館研究者から提供された調査研究の映像、歴史的な映像資料および公開映像アーカイブの映像など合計1904点(映像927点、画像977点)である。引き続き、受講者全員で課題作品の制作方針についての協議が行われた。膨大な映像を介して世界を知ることができる現在、人間の知の欲求にいかに応えるのか、映像として自立的に存在するミュージアムをどのように創出するのか。結果的には、異なる方向性をもった2つの映像作品が制作された。『アンモナイトが見た夢』は、博物館の標本であるアンモナイトが見た「夢」という想定で、さまざなモノや現象の中に潜む「始と終」や「回転」や「循環」を映像の連鎖で綴った作品である。もう一つの『Musonar』は、本館で展示されている各種標本のクローズアップに「音」を重ねた作品で、たとえばアルパカのはく製や原爆の遺構標本にそれぞれの現場の音を重ねていくものであった。最終日の夕方に演習室で作品発表会が行われた。西野嘉章館長をはじめ多くの先生方にご参加いただき、作品上映に続いて、受講者による主旨説明、先生方による質疑講評が行われた。講評では作品内容、素材選定、制作手法について厳しいご意見をいただいた。
 「映像として存在するミュージアム」の可能性とは何か。これについては、2つの提出作品の作業過程から気づかされるところがあった。すなわち、分類された資料群を相互に結びつけ横断的に繋げていくこと、もう一つは、ある事象やモノについて関連するコンテンツを蓄積して情報の深さを増していくことである。映像制作の作業インターフェイスとして見れば、前者は多様な映像をタイムラインの横方向に自由に連鎖させていくことであり、後者は関連コンテンツを階層(レイヤー)の縦方向に重ねていくことである。多様性(ヨコ)と深さ(タテ)の総体が「映像としてのミュージアム」の潜在的な可能性を担保するが、そこから一つの作品を書き出すためには制作者の明確な「視点」が要請される。それが作品固有のメッセージやインパクトにつながるのであろう。今回は事前に準備した映像/画像コンテンツは研究者の映像を除いてあまり使われず、演習中に受講者が撮影した動画が主な素材となった。多様なコンテンツ群からの映像創成については、引き続き試行錯誤を続けていきたい。最後に、講師の先生方、映像資料をご提供くださった先生方、ならびに作品発表会で貴重なご意見をくださった先生方に深く感謝を申しあげる。

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