東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime21Number1



研究紹介
恐竜の歩き方の特殊性と進化の関係

久保 泰(本館特任助教/古生物学)

 私が専門とする古脊椎動物学については、化石の発掘を行い、新種を命名する学問というイメージを、多くの人が抱いていると思います。実際、古脊椎動物関連の論文の大半は、新種あるいは新標本の記載です。恐竜人気の高まりもあって、世界的にも古脊椎動物学の研究者の数は増えており、例えば近年は年に40種ほどの恐竜が命名されていて、これは史上最高のペースだそうです。私は、こういった化石の発掘や記載の研究も行っていますが、同時に、一貫して興味をもって取り組んできた研究テーマが、四肢動物における新しい歩き方の出現と、その影響についてです。特に恐竜については、恐竜に固有の歩き方が、中生代における恐竜の繁栄と関連しているのではないかと思って研究を続けてきました(図1)。恐竜の歩き方が彼らの繁栄の原因であったという考え方は、極めて古いものですが、現在では支持している研究者はほとんどいません。おそらく、この仮説を真面目に検証しようと考えている研究者は私だけだと思います。昔は支持されていた仮説だったのに、このような状況になったのには、下記のような様々な要因があったと思われます。
 1972年に、チャリグという研究者が、恐竜の歩き方が彼らの繁栄の理由であったという総説を発表しています。彼は、肢を真下に出す直立型の姿勢や、踵をつけない指行性と呼ばれる足の形を、恐竜の優れた特徴として挙げていました。チャリグも含めて当時の研究者の多くは、恐竜というのは複数の祖先から進化した2つあるいは3つの分類群を人為的に集めたグループの総称で、共通した優れた歩き方をしていたために繁栄したと考えていたのです。
 1970年代前半にグールドやラウプなどの古生物学者達(ウッズホールグループ)が、化石記録に見られるパターンから、多くの分類群の繁栄は、何かの優れた特徴によるのではなく、その分類群の進化の初期に様々な幸運が重なったせいであるという説を発表します。さらに、恐竜は同じ祖先から進化した分類群(単系統群)であることが明らかになりました。そうすると、たまたま繁栄した恐竜という分類群が、特殊な歩き方をしていたという考え方も可能になります。さらに1980年代には、恐竜の優れた特徴とされていた直立型の姿勢が、初期の恐竜と同時代のワニの系統でも進化していたことが明らかになり、直立型の姿勢は恐竜に固有の特徴とはいえないことが明らかになりました。同じころに、恐竜の絶滅が隕石衝突のためであることが判明し、現在の哺乳類の繁栄の原因であり、生物全体の進化を左右するような大絶滅が、偶然によって起きたことが明らかになります。恐竜が本格的に繁栄を始める前の三畳紀末にも大絶滅があったことから、恐竜は運よく絶滅を生き延び、新生代の哺乳類のように、他の競合する分類群が絶滅で衰退したことで繁栄したという考えが広く支持されるようになったのです。
 私の最初の研究は、初期の恐竜と同時代のワニの系統における直立型の進化についてでした。その後も、足跡の研究から、直立型の姿勢は恐竜が出現するよりかなり前の三畳紀前期から四肢動物の間で広く見られていたことなどを明らかにしました。これらの研究は直立型という恐竜の歩き方の特殊性を否定するものでしたが、その一方で私は恐竜が単に幸運だったから繁栄したという説にはすっきりしないものを感じていました。大絶滅を契機に繁栄を遂げた陸生脊椎動物の好例は新生代の哺乳類ですが、白亜紀末の前後の哺乳類の放散のパターンと三畳紀末の前後の恐竜の放散のパターンはかなり違います。例えば、白亜紀の大絶滅は選択的で大型の種ほど絶滅しやすく鳥類を除く恐竜は完全に絶滅するのですが、恐竜の繁栄のきっかけとなったといわれる三畳紀の絶滅では、恐竜と競合していたワニや哺乳類の系統は衰退はしますが生き延びています。また、哺乳類は小型のものは中生代から繁栄していますが、大型といえるものは中生代にはほとんどいません、一方で恐竜の繁栄や大型化は三畳紀のうちにある程度は始まっています。
 同時に直立型が初期の恐竜と同時代のより繁栄していたワニの仲間にも広く見られたという事実だけで、恐竜の歩き方の特殊性とその後の繁栄の関連を議論する研究がほとんどなくなったのも不思議でした。なぜなら、チャリグも指摘していた踵をつけない指行性は、中生代の間は恐竜とその祖先にしか見られない特徴だったからです。踵をつけない指行性の歩き方は新生代になると哺乳類の間では何度も進化しています。そこで、指行性というキーワードに興味をもって、古生物以外の分野の論文も読んでみると、現生の哺乳類の体サイズ分布を説明する生態学の研究で、指行性の種はほとんど体重が1kg以上であり、逆に体重1kg以下の種はほとんどが踵をつける蹠行性であるということが指摘されていました。これは1kg以下の種がほとんどいないという恐竜全体の特徴とも合致します(図2)。この小さい種がいないというのは、哺乳類や鳥類に比べて(鳥を除いた)恐竜の際立った特徴なのですが、その原因についての研究というのも不思議な事にこれまで全然ありませんでした。指行性は恐竜が大型の体サイズで繁栄する原因であった反面、蹠行性の種との競争を通じて指行性の恐竜の小型化をはばんでいた原因かもしれないわけです。
 ちょうど私の博士課程が終わる頃から、上記のように指行性が恐竜の生態を考える上で重要なのではないかと漠然と考えていたのですが、なかなか研究としてはまとめられませんでした。しっかりとした証拠には基づかない物語のような話ですし、せめて状況証拠として多種の動物の体重のデータが欲しかったのですが、就職後は博物館の職員としての仕事も忙しく、なかなかデータを集められなかったのです。しかし、多種の恐竜や絶滅生物についての体重をまとめた論文がここ数年の間に出版され、それらのデータを利用できるようになったのと、北米の絶滅哺乳類では指行性や蹄行性のものは大型化する傾向があるが、蹠行性のものには大型化の傾向がないという論文が出されて、他の研究者も恐竜の指行性と体重の関係に注目した研究を始めるだろうと考え、なんとか恐竜が中生代の大型の動物相を優占できたこと、鳥類をのぞいた恐竜に小さな種がいないこと等は、恐竜が中生代で唯一の指行性の動物であったためではないかと指摘する論文にまとめました。
 本当に恐竜が中生代の動物相で大型の体サイズを優占する原因が指行性の足であったのかは、状況証拠と一致する点は多いのですが、まだまだ議論があるところです。なぜ指行性が大型の体サイズで、そして蹠行性が小型の体サイズで適応的なのか、そもそも恐竜と哺乳類の指行性や蹄行性をいっしょくたに扱って良いのか等、検証すべきことがたくさんあります。その多くは、古生物の手法だけでは研究が難しく、学際的なアプローチが必要になるでしょう。私のこれまでの研究テーマは、恐竜の祖先が二足歩行になった原因や、足跡化石から移動様式の進化を調べるなど、自分では面白いと思っていても、どうも世界の研究の潮流からは外れたテーマばかりでした。恐竜の指行性と彼らの進化や生態の関連性については、自分の仮説が支持されるにしろ、否定されるにしろ、多くの研究者に研究されるテーマになって、研究が進んでほしいと思っています。

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図1 アルゼンチンのサン・フアン州で最古の恐竜
エオラプトルの化石と著者.恐竜とその直近の祖先は
中生代で唯一の指行性の動物だった.



図2 恐竜も現生哺乳類も,指行性と蹄行性の種は
ほぼ500gより重い.
(上)哺乳類の体重.蹄行性と指行性の種は黒,
蹠行性の種は白のヒストグラムで表示.
(下)恐竜の体重.恐竜は全て指行性.竜脚形類は黒,
獣脚類は灰色,鳥盤類は白のヒストグラムで表示.