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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime20Number3



新規収蔵
空間標本――空間の収集から構築へ

松本文夫(本館特任教授/建築学)

空間標本
 法政大学大学院デザイン工学研究科建築学専攻の渡邉眞理教授から「空間標本の模型」87点をご寄贈頂いた。都市や建築の空間を部分的にとりだして模型化したものである(図1)。
 空間標本とは馴染みのない言葉かもしれない。通常、学術研究で扱われる標本はモノであって空間ではない。標本の多くは空間から引き離されてモノ自体として保存される。博物学では自然は動物界・植物界・鉱物界に分類されたが、それが属する空間はむしろ捨象される側にあったといえる。空間という不定形な対象をどのように捕捉できるのか。人間が体験するさまざまな空間を「標本」として収集記録し、今後の研究やデザインに活かすことはできないか。それを模型のレベルから試行することを考えたい。
 昨年、法政大学大学院の渡邉教授のデザインスタジオをお手伝いする機会があり、そこで「空間コレクション」という設計課題を出題した。受講者は空間のキュレータとなって既存の都市や建築から自分の好きな空間を選びだし、7.5m立方の範囲でトリミングした空間標本の模型を制作する。さらに自分が独自にデザインした空間標本を加えて、合計12点からなる「空間コレクション」にまとめる。模型の縮尺はすべて1/100に統一されている。授業後半では、収集された空間標本を発想のベースとして、新たに「空間の博物館」を設計するという課題である。

空間の収集
 寄贈されたのは、前半を終えて7人の学生から提出された空間コレクションである。路地性、量塊性、対比性、親水性、思考空間、物との連動、光と影というテーマで構成されている(図2)。以下に各空間コレクションの収集意図を述べる。
(「自作」とは自分でデザインした空間標本をさす) 路地性:銀座に残る路地をテーマに空間を収集した。I字型、L字型、T字型などの基本的な路地構成の他に、路地の特性をもつ現代建築の空間も対象とする。自作は路地の立体性などに着目した。 量塊性:人の手でつくられたマッシブ空間を選定した。エジプトの神殿、インドの階段井戸、ベルリンのユダヤ人記念碑、大谷石採掘場の他に現代建築も含む。自作は先の見通せない空間を考えた。 対比性:素材や構成において新旧の対比がある空間に着目した。古い建築のリノベーションで生まれる該当空間を欧米の最新事例から抽出している。自作は形態操作や素材選定により対比を表現した。 親水性:水と建築の関係が見いだせる空間を選定した。水との位置関係から、水辺、水上、水中、対面など多様な事例を収集。住宅、舟屋、雁木、橋、プールを含む。自作では水の柱などを創案した。 思考空間:作家や芸術家が思考する空間を集めた。吉田健一、岡本太郎、有元利夫、平櫛田中、粟津潔、谷川俊太郎、朝倉文夫、東山魁夷、植田正治の自邸から抽出。自作は思考空間の原型を考えた。 物との連動:物と舞踏するような流動的な特性をもつ空間を収集した。ヨーロッパの美術館建築を中心として、展示物と空間の平面的な関係、階段等を介した立体的な関係のある空間を見いだした。 光と影:光と影がおりなす空間を選定した。安藤忠雄、篠原一男、ル・コルビュジェの作品から、光の導入、拡大、切れ込み、リズムなどの事例を収集。自作では光の浸透や奥行きをテーマとした。

空間の構築
 これらの空間標本をもとに、授業後半で「空間の博物館」の設計が行われた。細分化された空間標本の蓄積を資源として、それを統合して建築全体を構成することが求められた。敷地はキュレーションの意図に適する場所を自分で選定し、全体を3万.の容積におさめることが条件となった。 課題作品の紹介は本稿の趣旨ではないが、「収集から構築へ」の事例として一つの作品を紹介する。修士1年の数見賢太郎君は、前半では「思考空間」の標本を収集し、後半はそれを「思考の道」という建築に結びつけた(図3)。上野の東京藝術大学の隣接地を敷地とし、ここを創作と展示の境界域ととらえて、アーティストのための思考空間を構成した。収集した空間標本をそのまま並べるのではなく、そのエッセンスを活かし、空間的に再解釈し、全体をつなぐアーキテクチャを新たに構築している。
  空間標本には二つの意義があると考えている。第一に「空間」という不定形な対象を標本化して収集の枠組みに入れることである。第二に収集された標本をリソースとして新たな「構築」のデザインに活用することである。いわば空間の辞書に書き込まれる単語を徐々に増やし、その辞書から数多の物語を紡ぎだすことである。収集における精緻な分類思考を、構築における大胆な創出思考に結びつけること。それが博物学の基底にある役割の一つかもしれない。

空間標本の模型
展 示 東京大学総合研究博物館 小石川分館
「建築博物誌/アークテクトニカ」展で展示中
指 導 渡邉眞理(法政大学)、松本文夫(東京大学)、
ジョン・ボーン(SCI-Arc)、TA:小宮みちる
制 作 法政大学の学生(志田瑛美、王子犁、劉一峰、有田朋央、数見賢太郎、後藤智史、武藤義宏)


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図1 空間標本の模型.格子状の木製ケースに入れて
展示されている.



図2 空間標本の個別写真. 空間コレクションの区分は,  上段の左:路地性,中:路地性,右:量塊性,
中段の左:対比性,中:親水性,右:思考空間,
下段の左:思考空間,中:物との連動,右:光と影.


図3 空間標本から構築された建築作品の例
「思考の道」.