東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime19Number2



平成26年度東京大学駒場博物館特別展
日本の蝶

矢後勝也(本館助教/昆虫体系学・保全生物学)

 2014年7月21月〜9月23日のおよそ3ヶ月間、東京大学駒場博物館の1階展示会場にて特別展「日本の蝶」が開催された。蝶は美しく身近な生き物であり、様々な研究材料に適しているだけでなく、環境を反映する指標として重要な存在でもある。この特別展は学術標本という実物を展示しながら、蝶に関する最新の研究成果を公開するとともに、日本に生息する蝶類の現状や保全対策の実例について発信することを目指した。本展示に関して、筆者は監修、総指揮として携わることとなった。
 今回は、本学教養学部長や放送大学副学長、岡崎国立共同研究機構長を歴任された毛利秀雄名誉教授(1930?)の寄贈による駒場博物館の蝶類標本を中心に、約1/4を総合研究博物館の標本で補いながら、日本産全土着種の他、海外から飛来した迷蝶や人為的に持ち込まれた外来種を加えた計275種に及ぶ東大所蔵の蝶類標本を展示した。比較のために必要な海外の蝶類や蛾類の標本も一部加えた。
 次に展示内容を動線順に説明する。まず博物館入口(図1)を進んですぐ正面の壁に、日本産蝶類の標本をスライドで大きく投影した。このスライドは駒場博物館の折茂克哉助教による力作で、数秒ごとに種や表裏面が変わるように設定され、展示入口の誘導標識として機能した。動線は会場を時計回りに設計し、入ってすぐ左側通路には、本特別展の挨拶文や謝辞、展示種リストのパネルを掲載し、蝶類の特徴や高次分類、蝶の各部位の名称、蝶と蛾の違いなども標本や図と合わせて解説した。特に翅の付け根に聴覚器官があることで知られる夜行性蝶類のシャクガモドキは、このパートで注目される展示標本となった。通路奥の正面には、筆者ら他4名が日本産蝶類に関する最新目録を電子化したウェブサイト「日本産蝶類和名学名便覧」を公開して、閲覧できるようにした。このウェブサイトは2012年に日本昆虫学会より「あきつ賞」が受賞されている。
 通路を右に折れると、特別展会場のおよそ半分を占有する展示室(図2)に入場する。ここでは日本産蝶類の土着種全242種の他、迷蝶や外来種を加えた計275種の実物標本を展示した。標本は基本的に系統分類順に配列し、解説パネルでは各科の形態的・生態的特徴を説明し、合わせて毛利名誉教授や筆者らにより解明された日本産蝶類の分子系統解析の結果を図示した。ゴイシツバメシジミやオガサワラシジミ、ヒョウモンモドキのような環境省「種の保存法」による国内希少野生動植物種の指定種、さらにはキシタアゲハ、コモンタイマイ、キシタウスキシロチョウ、ルリマダラのような迷蝶など、普段ではまず見ることができない貴重な標本は、今回の目玉として中央の特別展示ケース内に配置した。「種の保存法」に関する解説パネルでは、外来トカゲ・グリーンアノールや外来植物アカギにより激減したオガサワラシジミの現状やその保全対策、さらには三枝豊平九州大学名誉教授の文章による生息地破壊で激減したゴイシツバメシジミの現状や保護対策などを発信した。日本産蝶類の土着種全種を展示した企画は、ゴイシツバメシジミやヒメチャマダラセセリが発見された1973年以降の展示では初めてとなるだけでなく、日本産275種の展示も初めてであろう。キシタアゲハなどの迷蝶やムシャクロツバメシジミなどの外来種も、おそらく一般公開の展示では初と思われる。その他に、産業技術総合研究所の二橋 亮博士によるアゲハ幼虫の模様の切り替えメカニズムや翅の斑紋多型を制御する遺伝子に関する解説パネル、総合研究大学院大学の蟻川謙太郎教授による交尾行動や産卵行動で働く尾端光受容器に関する解説パネルも掲示した。また、雌雄の識別に関する解説パネルでは、雌雄交尾器や雌雄前脚の実物標本スライドを解剖図と合わせて顕微鏡で観察できるよう配備した。
 この展示室を抜けると、もう一方の隣半分を占めた展示室となる。ここでは日本産のシルビアシジミが2種いることを明らかにした筆者らの分子系統学的研究や形態学的研究について実際に研究で用いた標本とともに紹介した他、「渡り」をする蝶として知られるアサギマダラの生態や最新のルート解明に関する研究について芦澤一郎氏により捕獲されたマーキング個体の標本と合わせて解説した。また、生態系破壊や地球温暖化等で大きな影響を受けている代表的な蝶類の変化を解説、図示し、日本チョウ類保全協会の協力による最近の様々な絶滅危惧種やその保全対策も解説パネルで掲示して、環境保全の重要性を示した。展示室の中心には映像モニターを設けて、アゲハチョウやウスバシロチョウなどの飛翔をスローで見せたり、春の女神と称されるギフチョウ、日本の国蝶として知られるオオムラサキ、最近の青森で異常発生しているアカシジミ、絶滅が危惧されるオオルリシジミやミヤマシジミ、小笠原の固有種オガサワラシジミやオガサワラセセリ、ソテツの普及と温暖化で国内に侵入・分布拡大したクロマダラソテツシジミなどの動画を流したりして、環境変動の中を生きる蝶の姿を伝えた。
 この展示室正面の奥左側では、駒場キャンパス内での調査で得られたカメムシ約120種に加え、駒場内をタイプ産地として記載された新種エドクロツヤチビカスミカメに関する展示を設置し、都市部における生物多様性保全の大切さを訴えた。その隣の奥中央では、「駒場のチョウ今昔」と題して、100年以上前に駒場で採集された農学部の佐々木忠次郎教授由来の蝶類や最近駒場キャンパス内で採集された蝶類を並列して展示し、その蝶の種類や環境の変遷を示した。奥右側では、本特別展の共催となっている「目黒区みどりと公園課」が目黒区に生息する蝶類の標本を展示(図3)しながら、目黒区が取り組んでいる自然との触れ合いを紹介し、その必要性を一般市民にも分かりやすく説明した。
 2つ目の展示室を過ぎた出口付近の通路には、蝶の翅の写真をB0版のプレートに拡大して並べ、実物標本の上にルーペを備えた標本箱をプレートのすぐ下に併設しながら、蝶が持つ美麗な斑紋の構成や多様性を表現した。
 終わってみると、2003年以降に駒場博物館で開催された全55の展覧会の中で、歴代第6位の入場者数となり、展示の成果としても大成功を収めたと言える。これまで駒場博物館の展示に関して、総合研究博物館の教員が監修や総指揮のような立場で中心的な役割を果たしたことはなかったようであるが、今回の展示が大学内の博物館同士で展示や他の業務に連携して進められる好機となれば幸いである。
 最後に、この特別展の開催にあたり、下記の方々にご出品、ご協力頂いた。目黒区(みどりと公園課) 、環境省関東地方環境事務所、目黒区教育委員会、日本昆虫学会、日本鱗翅学会、NPO法人日本チョウ類保全協会、昆虫DNA研究会、総合研究大学院大学神経行動学研究室、誠文堂新光社、あおく企画、アトリエ・モレリ、鳳園蝴蝶保育區、国立科学博物館動物研究部、進化生物学研究所、東大昆虫同好会、東京大学農学部農学生命科学図書館、東京大学農学部応用昆虫学研究室、東京大学農学部農学系総務課総務チーム広報情報係、東京大学総合研究博物館、東京大学教養学部附属高度化機構社会連携部門、毛利秀雄、三枝豊平、蟻川謙太郎、神保宇嗣、坂本亮太、二橋 亮、石川 忠、芦澤一郎、築山 洋、倉地 正、佐藤和恭、清水謙多郎、大場裕一、芦澤一郎、倉地 正、石島明美、伊知地国夫、粟野雄大、勝山礼一朗、原田一志、伊藤勇人、加藤優里菜(敬称略・順不同)。また、駒場博物館の伊藤元己、折茂克哉、坪井久美子、安成真理(敬称略・順不同)の他、多くの方々にもご支援頂いた。この場を借りて心よりお礼を申し上げる。

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図1 駒場博物館の入口に掲示された特別展「日本の蝶」の
垂れ幕. 入口奥には蝶のスライドが投影されている.

図2 本特別展のメイン展示室. 日本産蝶類の標本が分類順
に配列し、中央には環境省「種の保存法」の国内希少野生
動植物種の蝶類や迷蝶が配置されている.

図3 共催団体「目黒区みどりと公園課」による展示とそれを
閲覧する子供達.