東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime19Number1



学芸員専修コース
「研究現場展示のコンセプトと実践」実施報告

米田 穣(本館放射性炭素年代測定室教授/年代学・先史人類学)

 平成25年度の学芸員専修コースでは、「研究現場展示のコンセプトと実践」というテーマのもと、平成25年11月11日〜15日の5日間にわたり、8名の参加者とともに博物館の新たな展示の可能性を追求しました。これは当館の本館(本郷キャンパス)1階に現在建築中の新たな展示空間「知の回廊」の一環である「AMS公開ラボ」を想定した、実践的な展示立案という側面も持ちあわせた企画です。「AMS公開ラボ」は、博物館の研究部門のひとつである放射性炭素年代測定室に新たに導入される最新鋭の大型分析機器、AMS(加速器質量分析装置)を一般に公開された空間に設置し、大学で行われている研究活動を社会にダイレクトに伝えるための新たな展示装置です(平成27年春公開予定)。
 
 AMSは主に放射性炭素(14C)を測定して、様々な有機物が何年前頃につくられたのかを決定する、年代測定のための分析装置です。AMSは従来の方法では測定することができなかった極めて微量(千分の1グラム以下)の炭素で、そのなかに含まれている放射性炭素の割合を調べることができます。放射性炭素は時間とともにβ線という放射線を発しながら放射壊変し、窒素に変化する性質があります。その崩壊速度は、約5730年で放射性炭素が半分になる割合なので、炭素がふくまれている有機物(例えば、木炭や骨、貝殻など)を分析することで、その年代を決定することができるのです。過去の人間活動を研究する考古学や自然人類学などで広く応用されていることは、皆さんもご存じかも知れません。しかし、実際にはAMSは最先端研究として、様々な研究領域でその応用範囲が加速的に拡がっている手法なのです。例えば、過去の地殻変動を研究する地形学、地質学、防災科学、あるいは地球規模での炭素の動きをしらべる環境科学や海洋学、さらに、体内の様々な組織が形成される時間経過を調べる生命科学分野などでの応用が始まっています。このAMS装置を素材に、自然科学から人文科学に関する様々な研究と研究を実施する総合大学である東京大学の研究活動を、広く一般社会に発信することが今回の専修コースで到達したい最終目標です。
 そのために、参加者には事前に2つのレポート課題が科されました。ひとつは「年代測定のためではなく、別の目的のために放射性炭素を用いた研究事例をしらべること」、もうひとつは「広義の研究現場、あるいは研究という営みそのものを展示している事例をしらべること」という課題です。最初の課題に対しては、医薬品の動態や代謝に関する研究、過去の太陽活動の復元、バイオプラスチックの品質評価、海水循環の研究などが紹介され、AMSが年代測定だけでなく、様々な分野やフィールドを結びつける手法であることを再確認しました。第2の課題については、発掘現場や遺物分析を体験させる展示(奈良文化財研究所)、発掘現場での体現学習(姫路市)、顕微鏡による試料観察や分析装置の展示(国立歴史博物館)、パブリック考古学の事例などが報告されました。研究現場を展示することで何を伝えたいのか、そのコンセプトをしっかりと議論することが重要であることが明らかになりました。
 初日の「イントロダクション」(米田)でコースの目的と背景を説明した後、「博物館デザイン総論」(松本)、「飢え渇く表現者」(遠藤)、「研究現場展示:AMS分析装置とその博物資源への応用」(米田)の講義が行われました。また、AMSを活用する研究者から、アンデス考古学(鶴見)、アナトリア考古学(大森)、隕石科学(尾嵜)、古人骨研究(米田)の実践例と野外調査での経験を紹介しました。どのように資料が採取され、AMSによる分析を経て、どのように研究に活用されるのか、野外調査と実験室での分析と研究という、大学で実践されている研究活動の流れを理解することで、単に分析装置を展示するのではなく、その背景にある研究という日常と熱気を表現する方法に議論は及びました。
 講義と平行して、AMS測定に必要となる化学実験とデータ解析についての実習が行われ、3日目には工学系研究科の大型加速器分析装置(MALT)を見学しました。普段、研究者以外が立ち入ることができない大型分析装置を間近に接して、その大きさと複雑さに参加者は多くのインスピレーションを得たようです(図1)。また、当館が保管する様々な博物資料のうち、放射性炭素測定に係わる分野として、考古美術(西秋)、人類先史(諏訪)、古生物(佐々木)に関するバックヤード研修を行いました。未来の研究者に対して責任をもつ資料管理者が、破壊を伴う分析研究をどのように受け入れ、博物館業務に活用するかについて、様々な分野での実践例が紹介され、参加者の現場での経験もふまえ様々な視点から意見交換がなされました。
 専修コースの後半では、10時間を越える演習時間が展示企画の立案に当てられました。ここでは4名ずつ2班に分かれて、独自のコンセプトに基づく企画プランを立案しました。深夜にまでおよぶ議論を経て作られた企画プランは、多くの博物館教員も参加して行われた企画発表演習においてプレゼンテーションしました。
 チームAは「見えない時間をつかまえる」というコンセプトで研究の流れを中心とした展示を提案しました(図2)。ここでは、実際に研究の対象となる土器や年輪、骨などの博物資料と、それらから得られた最終的な分析試料である炭の粉(グラファイト)を並べた展示から始まります。装置にいたる道程で、様々なモノから時間情報を抽出する方法を解説し、目の前に拡がる実験室空間の理解を助けます。AMS装置と観覧空間を隔てる大きなガラスパーティションに注目し、ここに様々な野外調査の光景を映写し、様々なフィールドから様々な資料がこの装置に集結していることを表現する方法が提案されました。さらに、装置のあとには、日本における放射線炭素年代測定のはじまりである夏島貝塚を摸した貝塚模型とともに、AMS装置で得られた資料がどのように研究を展開するのか、研究者がその研究の意義とそれにかける熱意を語る映像が流されます。それによって、時間という情報を研究者がえることで地の地平がどのように拡大しうるのか、実感できることでしょう。
 チームBの展示コンセプトは、「AMSが拓く未知なる過去」というもので、研究を加速するハブとしての装置そのものを中心にすえた企画案です(図3)。展示空間の中心に集会する構成は、AMSのなかで加速される炭素イオンの動きと同調しています。展示ホールの中央にAMS装置そのものを配して、プロジェクションマッピングなどを用いて装置の原理を説明します。周辺部では導入として、炭素という元素が我々の日常にいかに満ちあふれた存在であるかを示します。さらに、同位体という重さの違う元素が存在し、それを測定するための原理を紹介した上で、装置に向けて様々な調査地・調査分野から資料が集まってくる流れが示されます。中央におかれた装置のなかで何が起こっているのかを、わかりやすく展示します。装置を中心に配置したことで、異なる情報を得るたびに振り返ると、装置の新たな姿を感じられる展示となりました。
 今回のコースでは、学芸員だけではなく写真家や科学分析担当者など様な分野から8名の参加者を得ることができたため、議論は当初の予想よりもずっと深く、本質にせまるものになりました。参加者の皆さんと講義・演習にご協力下さった博物館教員と事務員の皆様に改めて感謝いたします。








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図1 大型加速器(MALT)における演習風景.


図2 チームA展示案「見えない時間をつかまえる」.


図3 チームB展示案「AMSが拓く未知なる過去」.