東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime17Number4



大学アーカイブ室
アーカイブズとは。大学のアーカイブズとは。

森本祥子(本館特任准教授/アーカイブズ学)

 アーカイブズ、あるいはアーカイブ、アーカイビング。目や耳にする機会は増えた言葉だが、それがいったい何なのかは、何となくわかるようでわからないのではないだろうか。
 アーカイブズとは、組織または個人がその活動に伴って生み出す記録のうち、重要なものを将来のために保存する施設であり、同時に資料そのものも指す(以下、施設を指す場合は「アーカイブズ」、文書を指す場合は「アーカイブズ資料」とする)。例えば、国の中央省庁の重要な文書を保存するためには国立公文書館があり、地方自治体や大学や企業でも同様の目的でアーカイブズの設置が進んでいる。なぜアーカイブズが必要かといえば、それは何よりも組織自身が「自分たちはかつて何を、どういう方法で実施したか」という先例や歴史を参照するためであり、さらに公的機関であれば社会に対して施策の記録を保存し公開する責務があるからである。見方を逆にすると、アーカイブズ資料を見れば、それを生み出した組織やその活動がわかる。そして、それがわかるように資料を選んで残すのが、アーキビストの仕事である。
 では、アーカイブズは具体的にどのような資料を保存しているのだろうか。アーカイブズの収蔵資料のほとんどは紙の文書である。しかしアーカイブズは紙の文書しか受け付けないわけではない。写真、音声映像記録、電子データ(データベース、ウェブサイトのHTMLデータ等)といったものは当然含まれるし、変わり種では、国立公文書館が献血推進施策のマスコットキャラクター「けんけつちゃん」のぬいぐるみを保存しているというようなケースもある。これは、厚生労働省の施策の重要な記録の一環なので、ぬいぐるみであっても国立公文書館は保存するのである。あるいは、本学の明治17年の『諸向往復』(外部機関との文書のやりとりの記録)には、石やら燃え残りの綿やらが文書とともに綴じられている(図1)。このころ麻布区広尾の民家に次々と石等が投げ込まれた事件があったのだが、帝国大学は麻布警察署に依頼して投げ込まれた石等を「学術上参考のため」取り寄せたものだ。どうやら当時の理学部教授山川健次郎や北尾次郎等が関心を示したためらしい。ここには取り寄せた石等が文書と一体となって綴じられている。
 企業の例だが、老舗和菓子屋「とらや」には「虎屋文庫」というアーカイブズがある。ここでは、現在の企業経営の資料も受け入れて保存するが、企業のアイデンティティの根幹として大切に収蔵しているのは、菓子の木型や意匠図の帳面である。
 つまり、ある資料がアーカイブズ資料か否かと判断する基準は「組織の活動の結果生み出された記録かどうか」という視点であって、その資料のかたち(文書か、図書か、博物資料か)によるのではない。例えば、『東京大学案内』という冊子は、単体で図書館が収蔵すれば図書資料だが、その編集担当部署で編集過程の文書と一緒に成果物として綴じられたものであれば、アーカイブズ資料になる。広尾の石も、文書に付属する証拠物だからアーカイブズ資料になるのであり、別の文脈で大学に届いていれば博物館で保存されただろう。
 さて、大学がアーカイブズを設置するとしたら、それはどのような姿になるだろうか。アーカイブズの基本的な役割は組織活動を通じて生み出された文書記録を保存することなので、東京大学であれば、大学の意思決定や活動を記録した法人文書ということになる。例えば本部で作られる様々な事務文書や各学部等の教授会記録といったものである。しかし、それだけで大学の全体像がはたして見えるだろうか?たとえば大学には、サークルなどの学生の活動があり、さまざまな研究活動があり、同窓会がある。有名無名問わず、教員や卒業生の個人資料にも大学に関する貴重な情報があるだろう。産学連携が進む現在、大学発ベンチャー企業の資料も無関係ではない。遡れば、大学紛争を理解するためには、大学側の文書だけでは十分でなく学生の視点からの記録が必要なことは容易に想像できるだろう。大学アーカイブズとしては、こうした広がりを持つ「大学という存在の全体」を見渡し、その姿を捉えたうえで、今の大学の姿を後世に総合的に伝えていく資料を集め、保存することを目指さなければならない(図2)。
 また活動面では、大学という高度な専門知識が凝縮されている場の特性と、大学の持つ研究機能とを活かすことが重要となる。つまり、アーカイブズは学内の様々な組織と連携することで新たな資料活用の可能性を生み出せるし、大学の研究機能を活かした技術開発にも取り組めるということである。例えば、東京大学史史料室が保存している『文部省往復』等の戦前の大学文書は、情報学環との連携により、その最新の研究成果を反映したデジタルアーカイブ化を試みている。アーカイブズ記述(目録)の標準化、横断検索の技術、デジタルデータの長期保存など、アーカイブズ資料の保存管理には国際的に大きな課題があるが、これらに必要な研究も大学アーカイブズは主導していく役割があろう。じっさい、アーカイブズ記述用のXMLタグを開発したのは、アメリカの大学アーカイブズに関わる人々である。
 公文書なんかの何が面白いのか、と思われるかもしれない(図3)。しかし実際に資料現物を手に取ると、一瞬で時空間を超えてその文書が書かれた場にいるような、愉快な錯覚を覚える。しかし、文書を手に取る者が感じる、文書がモノとして発信するこの「何か」については、誰もがその力を知っていながら、アーカイブズプロパーの世界では十分研究されてこなかった。いま、大学の博物館に身を置きながらアーカイブズ保存に携わる身として、それを引き出し伝える知恵を、これから探っていけたらと思う。







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図1 『諸向往復明治十七年分二冊ノ内甲号』(UTA434).


図2 個人資料の例(加藤弘之史料).
書状等は中性紙の封筒に一点ずつ入れて
保存するのが一般的.


図3 東京大学史史料室で保存されている
戦前期の大学文書.








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