東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime17Number3



標本
老田敬吉氏収集の鳥類標本

松原  始  (本館インターメディアテク寄付研究部門特任助教/動物行動学)

 IMTの予定する展示品は多岐に亘るが、少なからぬ点数を占めているのが鳥類剥製標本である。総合研究博物館の所有する鳥類剥製の大半は飛騨の老田野鳥館より寄贈を受けたものだ。老田野鳥館は野鳥研究家であった故・老田敬吉氏と老田正男氏が野鳥の保護と啓蒙のために設立した私設博物館であったが、2008年に閉館した後、総合研究博物館に約三百点を寄贈頂いた。
 老田コレクションの一部は今までにも赤坂モバイルミュージアムや「日本鳥学会の百年」などの展示にて公開する機会があったが、このたび、その大半をIMTに移動させ、常設展示の一翼を担うこととなった。一群の標本が再び展示され、多くの人の目に触れるのは喜ばしい限りである。
 老田コレクションには、華美な鳥や珍奇な鳥は少ない。大半は日本産の鳥類で、バードウォッチャーが普段目にするような鳥である。キジバト、ホオジロ、ムクドリなど、日常生活で見かける鳥も多く含まれている。一見すればごく地味な鳥が多いのが特徴だ。
 これは収集者である老田敬吉氏が郷土自然史館とでも言うべきコンセプトの展示を行っていたことによる。氏はその土地で見つかる鳥類の死骸を地道に収集し、標本として保存してこられた。
 老田コレクションは、飛騨の地で採取された鳥であることに意味がある。それはその地の自然史を示すものであると同時に、「身近な鳥類の」本剥製という点だけでも大きな意味をもつ。というのも、身近な鳥は資料として保存されるとしても仮剥製どまりで、スズメやヒヨドリをわざわざ手間をかけて本剥製にすることは少ないからだ。だから「日本の鳥を紹介したいな」と思っても、ごく普通の鳥たちの標本が、なかなか見つからない。過去に作成された事があったとしても、ありきたりな鳥類の剥製はえてして省みられず、次第に朽ち果てて種類すらも判然としなくなり、最期は打ち捨てられてしまう(そういった悲しい標本は、あちこちで目にしたことがある)。
 だが、老田コレクションは違う。今回の移送のために収蔵庫から取り出し、状態を確認して簡単にクリーニングし、梱包するという作業を行っている間に、何度も手をとめて見とれてしまうことがあった。デスクに置いた剥製に「きれいな子だな」と語りかけてしまうことすらあった。それは、作成から保管、展示まで、手間を惜しまなかった収集者の愛情を示すものと見る。
 美しい鳥とは、決して熱帯のカラフルな鳥だけを指す言葉ではない。クイナの笹の葉のような雨覆羽も、オオジシギの綾波のように重なる縞模様も、キジバトの青海波を描く羽縁の重なりも、全て美しい。片足を上げたまま動きを止めたコサギも、幹を伝い降りながら顔を上げたゴジュウカラも、まさに飛び立とうとするように身をかがめたチゴハヤブサも、みな美しい。
 剥製は苦手だという方が、しばしばいる。生きた鳥の躍動感や輝きを見知っているがゆえに、静物と化した標本を見ていられない、というバードウォッチャーもいる。手入れもされず埃をかぶった標本では、なおさらである。それは見捨てられた骸のようなものだ。
 だが、美しい標本というものは、確かにある。標本でこそわかる精緻さもある。IMTミュージアム公開の日には、美しい日本の鳥たちを、是非、間近にご覧になって頂きたい。




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オオジシギ


ゴジュウカラ




コサギ