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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime17Number2



研究紹介
樹木年輪から読み取る

尾嵜大真

古環境復元の重要な試料−樹木年輪−
 樹木の幹の中の表われる年輪は、樹木の肥大成長の季節変化に伴う細胞の大きさと細胞壁の厚さの違いが作り出す模様である(図1)。成長が著しいときには細胞は大きく、そして、細胞壁は薄くなり、視覚的には比較的淡い色となる。反対に、成長が穏やかなときは厚い細胞壁で小さな細胞が形成され、濃い色となる。この色の濃淡が樹幹の中で同心円状に作られていき、年輪となるのである。樹木年輪のような模様は一年の中での環境変化が存在する地域において明瞭に表われ、赤道域のようなほとんど季節変化のない地域の樹木にはほとんど認められない。こういった時間を軸とした模様は、樹木の他にも貝やサンゴ、そして、人間などの動物の歯などにもあり、海や湖の堆積物にも認められる。そして、時間をさかのぼって環境復元を行う上では、非常に重要な試料となるのである。
 一般的な生物の成長の度合いが環境に依存しているように、樹木の成長も環境の変化に大きく依存している。もっとも簡単に認識できる情報としては年輪の幅があり、その変動は日本のような温暖湿潤な地域では気温が関係していることが多く、乾燥した地域では降水量や湿度の変化に大きな影響を受けていることが知られている。環境に依存した年輪幅の変動は、同じ環境の地域内で育った同一の樹種では非常によく似ていることがわかり、異なる樹木間の年輪幅の変動パターンに同一性を見出すことで年代を決定する方法として、20世紀初頭に年輪年代法として確立された。樹木年輪が古環境復元の重要な試料として重宝される理由もここにある。年輪幅を測定することで、年代法としては、±0年という最高の精度での年代決定ができ、それぞれの年輪がいつのものであるのかを正確に知ることができるのである。そのほかの試料が誤差を持つ年代決定法で決められた年代や同じような情報の変動シリーズとの対比によって二次的に年代が決められていることを考えると、その精度は極めて高く、非常に重要な時間軸の一次標準となるのである。
 樹木は大気や土壌から二酸化炭素や水あるいは栄養塩を取り込み、光合成によってブドウ糖を作り出し、それをもとにしてより複雑な化合物を作りながら樹木自身の体を形作っていく。樹木の体の一部である幹に形成される年輪にはそれぞれの年に取り込まれた物質が形を変えて、保存されている。年輪に固定された物質は、化学形としてはセルロースやリグニンなどいったいくつかのものに限定されてしまうが、それらを構成する炭素や酸素の同位体は当時の原料物質のそれを反映したものになっており、樹木年輪中の物質の同位体は過去の環境を紐解く重要な手段となっている。

 
樹木年輪中の炭素14−炭素14年代暦年較正曲線−
 樹木年輪に形成された年の大気中二酸化炭素の炭素同位体情報が留められていることがわかると、炭素14年代法による年代決定に取り組んでいた研究者から年輪に記録されている炭素14濃度変動について大きな期待が寄せられた。というのも、炭素14年代法では、資料が閉鎖系となり、資料中の炭素14が放射壊変により減少するだけとなった時点から現在までの経過時間が求められるのであるが、「炭素14年代」と定義された「年代値」は閉鎖系となった時点での炭素14濃度を、1950年当時の大気中二酸化炭素の炭素14濃度として、過去から現在までにおいて常に一定であったと仮定している。つまり、「炭素14年代」は炭素14濃度を形式的に年代という次元をもった数値に換算したにすぎないのである。しかし、現実には大気中二酸化炭素の炭素14濃度は一定ではなく、炭素14測定から実際の年代を求めるためには、なんらかの方法で大気中二酸化炭素の炭素14濃度を決める必要があったのである。
 そして、樹木年輪中の炭素14濃度を測定することで、過去の炭素14濃度を復元し、実年代と炭素14濃度との対応データベースを作成しておき、年代未知の試料の炭素14濃度と対比することによって、実年代決定が試みられるようになる。この実年代と炭素14濃度あるいは年代の対応データベースは炭素14年代暦年較正曲線(International radiocarbon calibration curve; IntCal)などと呼ばれている。1980年代から、国際的に組織されたグループによって、較正曲線は構築されており、もっとも新しいものは2009年に公表されたIntCal09(図2)であるが、今年中にはさらに較正曲線が発表される予定である。
 較正曲線の構築の基となる炭素14測定値の多くは、年輪年代法が確立され、12000年ほども遡れるヨーロッパや北アメリカなどの限られた地域の樹木年輪のものであるが、較正曲線は地球全球的なものとされていた。ただし、現生木の年輪を測定した結果から、同時期の北半球と南半球の樹木年輪中の炭素14濃度は異なっており、南半球の方が炭素14濃度は低く、炭素14年代としては古めになっていることが知られていた。しかしながら、南半球については現生木の年輪で遡ることのできない古い時代についての試料がなかったことから、北半球との比較や独自の較正曲線の作成は行われていなかった。それでも、2004年までには最近1000年分の南半球地域の樹木年輪の測定が行われ、平均して北半球よりも炭素14年代にして50年ほど古いことが明らかとなり、北半球用の較正曲線IntCal04に対して、ShCal04が発表された。しかしながら、ShCal04の1000年以上古い部分については過去1000年分の平均的なIntCal04との違いを当該年のIntCal04に付しただけの値となっている。
 さらに、トルコの樹木年輪の炭素14測定の結果が、紀元前800から750年において、北半球を代表するものと考えられていたIntCalと比較して、炭素14年代にして50年ほど古くなっていることが報告され(図3)、タイの樹木年輪についても17世紀前半IntCalに対して古くなっていることが示されて、現在では南北半球間だけではなく、半球内においても地域差のあることが明らかにされつつある。

日本における炭素14年代法と較正曲線
 文献資料の現れる時代が比較的新しい日本の考古学において、炭素14年代法は非常に有用な年代法と考えられる。しかし、日本考古学には世界に類を見ない精緻な土器編年があり、求められる実年代決定の精度は非常に高く、較正曲線を用いた暦年較正が必ずしもそれを満たしているとは言えなかった。また、古くは縄文時代の始まりに関する年代、そして、最近では弥生時代の始まりに関してなどそれまでの年代観を大きく変える結果が得られることが多く、ヨーロッパや北アメリカの樹木年輪によって構築された較正曲線の日本における正当性に対する疑義が指摘され続けてきた。
 そこで、筆者は、これまでに紀元前1000年から紀元後400年までの日本産樹木年輪試料について、炭素14測定を行ってきた。これまでに得られた多くの測定結果を平均したものが(図4)になるが、大部分においては、ともに記したIntCal09とほとんど変わらないことがわかるかと思う。しかし、紀元後1から3世紀にかけて見てみると明らかにIntCal09とは異なっている。この時期について、IntCal09と日本産樹木年輪の炭素14年代を使用した暦年較正結果を比較すると、2標準偏差(95.4%の確率範囲)の暦年較正年代範囲として100年以上もの範囲となるにもかかわらず、二つの範囲が重ならないこともあり、その違いは決して小さくない。日本の考古学において、紀元後1から3世紀は弥生時代から古墳時代への移行期にあたる重要な時期であり、実年代決定に求められる正確さは非常に高いものである。さらに、邪馬台国に関わる時期でもあり、ここで得られた結果は、今後、日本産資料の炭素14年代法による実年代決定に重要な役割を果たすものと考えられる。

大気中二酸化炭素の炭素14濃度の地域差
 ところで、地球上の炭素14は、放射壊変により減少するのみであれば、炭素14の半減期が5730±40年であることと地球の年齢が45〜6億年であることから考えると、すでになくなってしまっているはずである。しかし、現実には今も存在していて、大気中二酸化炭素の炭素14濃度に大きな変動はない。実は、放射壊変で減少していく量とほぼ同じくらいの炭素14が地球に降り注ぐ宇宙線によって大気の上層で生成され続けているのである。炭素14を作り出す宇宙線は太陽系外から飛んでくる銀河宇宙線と呼ばれるものであるが、地球まで届くには太陽から放射されている太陽風の中を潜り抜けてこなければならない。太陽風は太陽活動の強弱に比例しており、地球に届く宇宙線量、そして、炭素14の生成量は太陽活動の強弱と逆相関となっている。宇宙線によって生成された炭素14は大気中ですぐさま二酸化炭素となり、大気、そして、海や土壌、あるいは、生物など地球上のさまざまな場所、地球システムの炭素循環の中に取り込まれ、広がっていく。
 すなわち、地球上の炭素14量を決めているのは地球に届く銀河宇宙線量で、太陽活動の強弱に影響されている。そして、地球システム内での炭素循環が大気や海や土壌さらにはそれらの地域ごとの違いを生み出している。樹木年輪に記録された大気中二酸化炭素の変動を調べ、その地域差を仔細に明らかにすることで炭素14濃度の異なる大気塊の挙動を知ることができると考えられる。つまり、炭素14を追跡子(トレーサー)として活用することで、地球環境システムの一端を明らかにすることができる可能性がある。紀元後1から3世紀における日本産樹木年輪試料の炭素14はヨーロッパや北アメリカと異なっていただけでなく、最近、報告された南半球のニュージーランドやタスマニアの樹木年輪のものとほぼ同じ値であった。このことは当時の日本列島付近の大気は南半球からの影響を強く受けていたことを示唆しているのかもしれない。
 今後、樹木年輪について高い精度な炭素14測定を積み重ねていくことで、地球環境のシステムを一端を紐解いていくことが期待される。 (本館特任研究員/年代学・宇宙地球化学)







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図1 樹齢1800年近くにも及ぶ屋久杉の円盤資料(写真提供
株式会社 加速器分析研究所).木越らによる日本における
樹木年輪中炭素14測定の先駆的研究に用いられたもの.


図2 最新の炭素14年代暦年較正曲線IntCal09.現状の炭素
14測定での測定限界に近い50000年前まで構築されている.
ただし、樹木年輪によるのは12550年前までで、それより
古い部分はサンゴや海洋堆積物などによっている.


図3 トルコ産樹木年輪中の炭素14とIntCal09の比較.紀元
前800から750年においてトルコの樹木年輪の炭素14
年代がIntCal09に対して50年ほど古くなっている.


図4 日本産樹木年輪中の炭素14とIntCal09.ほとんどの部分
で日本産樹木年輪の炭素14年代は IntCal09と変わらない
が、紀元後1から3世紀にかけては明らかに異なっている.