東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
HOME ENGLISH SITE MAP
東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime17Number2



特別展『東大古生物学』
絶滅四肢動物の生息姿勢をより確からしく 復元するために

藤原慎一

 生活圏、食性、体サイズ、運動様式、行動様式、代謝様式、成長様式、呼吸様式、繁殖様式、捕食様式など、生物はその進化の過程で様々な生態へと適応してきた。現生生物に見られる多様性は今この一瞬を切り取ったもののみを現す多様性であり、生物が登場して以降の全ての瞬間には、現生種とは異なった仲間によって構成された生物多様性が見られたはずだ。このような生物生態の進化の過程を解明することは、古生物学の大きな目標のひとつである。そしてこれを解明するためには、化石で見つかる生物の古生態をより正確に復元し、さらにそれらの系統的位置関係を明らかにしていくことが重要である。
 動物の姿勢は動物の外観や安静時に到達できる高さや低さ、運動時の効率に影響を及ぼし、運動機能は地表や樹上、空中、水中、地中など、その動物が利用できる生活空間の広さに影響を及ぼす。そのため、古生物の生態復元の中でも動物の姿勢や運動機能は最も重要な情報のひとつであり、動物の姿勢や運動機能の多様化の過程は古生物学の研究の大きな関心の的となっている。
 四肢動物と呼ばれる脊椎動物の一群は、姿勢や運動機能の面で最も多様化に成功した動物群のひとつである。彼らは現生の両生類や、鳥類と爬虫類を含む竜類、そして哺乳類を含む単弓類から構成される、いわゆる四肢を備えた“魚類”以外の脊椎動物である。彼らの祖先は3億8270万年〜3億5890万年前のデボン紀後期までには四肢の獲得し、ついには水圏から陸圏への進出を果たした。以来、彼らは劇的に生活圏を広げ、運動性を多様化させてきたが、特に前肢の機能の多様化がそれに与えた貢献は大きい。例えば、トカゲのように腕を体の側方に張り出す側方型姿勢から、一般的哺乳類のように腕を体の下に伸ばす下方型姿勢への移行は、哺乳類や竜類の一部の恐竜類の進化の過程で幾度も生じたと考えられており、四肢動物の姿勢進化の中でも重要な転換として位置づけられている(図1)。また、哺乳類の一群である類人猿や恐竜類で生じた四足歩行性から二足歩行性への姿勢の移行も、重要な姿勢進化のイベントのひとつである。さらに、前肢骨格の形態を作り変えることで新たな機能を持たせ、多様な生活圏への進出を可能にしてきた。コウモリ類や翼竜類、鳥類は前肢を翼状に作り変えて飛翔能力を獲得し、空圏への進出を果たした。ウミガメ類に代表される多くの水生爬虫類や鯨類や鰭脚類などの水生哺乳類、ペンギンなどの水生鳥類は前肢を鰭状に変えて遊泳能力を獲得し、水圏へ進出した。前肢をシャベル状へ作り変えたモグラ類やキンモグラ類、フクロモグラ類、アルマジロ類は掘削能力を獲得して地中圏へと進出した。また、把握能力やカギツメ状の爪を獲得した仲間の多くは登攀能力を獲得することによって樹上へも進出していった。また、それぞれの生息姿勢や運動機能を達成できるよう、筋の配置や量、骨格の強度もそれぞれ適応させてきたと考えられている。
 しかし、我々は誰ひとりとして絶滅動物が生きていたときの姿を見ることができないため、彼らの古生態の復元には大きな困難を伴う。実際、絶滅四肢動物の姿勢や運動機能に関して統一見解を得られていない事例は無数に存在する。例えば、恐竜類のトリケラトプスや半水生と考えられている哺乳類のデスモスチルス類(束柱類)はいずれも四足歩行性だったと考えられているが、彼らの前肢の姿勢は研究者によって様々な復元がなされてきた。いずれの動物も、ある研究者によっては側方型の姿勢に復元され、また別の研究者によって下方型にも復元されており、未だに論争が絶えていない(図1)。そしてどの絶滅動物に対しても、これまでなされてきたあらゆる復元の正しさを確かめる術はないのである。
 それでは、絶滅動物の姿勢や運動機能をより確からしく復元するためにはどのようにすればよいのだろうか。それは、機能形態学的アプローチと呼ばれる手法である。この手法はまず、現生動物の多様な形態と機能の関係を探り出し、その関係をもとにして、絶滅生物の持つ形態からその機能を推測し、復元への根拠を与えていくアプローチ法である。ただし、この手法を扱う場合は形態と機能の関係を説明する論理を明確にしていくことが非常に重要となる。
 まず、復元手法を構築するためには、手法が前提とする理論を全て把握しておかなければならない。例えば、絶滅四肢動物の化石には多くの場合、骨格の硬組織しか残されない。骨端部には軟骨が覆っており、骨のあちらこちらには腱や靭帯、筋が付着していたはずであり、これらがひとつの筋骨格系として動物の運動を担っていたはずである。これらの軟組織を復元するときは近縁の現生種と筋の配置や付着箇所が相同であったことを前提としなければならない。また、絶滅動物の骨は化石化の過程で鉱物への置換や外力による変形を受ける。例えばその絶滅四肢動物の骨の強度を計算しようとする場合は骨の物性が現生の四肢動物と同じであったという前提のもとに計算をしなければならないし、変形の量が無視できるほど微小であることを示すか、あるいは元の形へと補正した上で計算をする必要がある。このような復元の前提が成立しないことがひとたび示されたならば、その形態情報をもとにした復元手法は成立しないことに注意しなければならない。
 機能形態学的アプローチの最も単純な方法とは、形態情報を無作為に数値化した上で、統計的手法によって機能との関係を探って行くことである。しかし、なぜその形態がその機能に対応しているかを説明できなければ、その形態を指標とした復元の妥当性を主張することができない。そこで形態と機能のより堅牢な関係を導き出したい場合は、動物が運動を行なう際に必要な筋力やモーメントアーム、生体の中に発生する応力やひずみ、生体周囲の流体の動きといった、力学的指標や運動シミュレーションの導入が鍵を握る。これらの指標の導入により、なぜその形態情報がその運動機能を果たすために重要であり、どれだけ力学的に矛盾がないのかを初めて説明することができるようになるのである。例えば、現生動物が前肢を使って立ったり、枝から逆さまにぶら下がるときの肘関節の角度は種によって異なり、ある種は関節を真っ直ぐに保ったまま姿勢維持を行うが、別の種は関節を深く曲げた状態で姿勢維持を行なう。この肘関節の角度は姿勢維持に用いる筋の付着位置の突起が伸びる方向と深く関係しており、筋の効率が最大限に発揮できる角度で姿勢を維持していることが現生動物のモーメントアームの計測によって分かってきた。また、トカゲのような側方型の姿勢と一般的な哺乳類のような下方型の姿勢の違いも、肘関節に注目すると体重支持に用いる筋が異なることが分かる(図2)。そして、現生の側方型動物と下方型動物を広く比較すると、それぞれの姿勢で用いる筋のモーメントアームが相対的に大きいことが骨格形態の計測によって示されることが分かってきた。このような骨の形態と姿勢との力学的な対応関係を示して初めて、骨の形から絶滅動物の肘の角度を復元するときの根拠を説明できるようになるのである。
 次に、形態と機能の関係が有意に成り立つことを現生動物によって確かめなければならない。もし計測した形態情報と機能の関係に有意な関係が認められないのであれば、取得した形態情報がその機能を力学的に正しく説明できているかもう一度考え直す必要があるであろう。また、その関係が復元の対象となる動物群に汎用的に成立することを示すため、なるべく多くの現生動物を取り扱っていくことが理想的だ。特に現在では途絶えた系統に属する絶滅動物の場合、一部の現生動物群との比較をもとに復元を行なってしまうと、その動物群を比較の対象として選んだ理由を説明することが困難になる。例えば、トリケラトプスや束柱類の前肢姿勢を復元したい場合は、前肢の筋骨格系に相同性が認められる動物群、すなわち現生四肢動物全体を扱い、そこで形態と機能の関係を示すことができれば汎用性のある復元手法ということができるだろう。
 このように力学的指標に基づいた機能と形態の関係は常にその整合性を検証され続けることで改良を加えられ、動物の特定の機能をより高い精度で復元できる形態的指標を見つけていくことができるだろう。また、単一のアプローチだけではなく、様々な骨格部位や複数の解析手法によって動物の機能と形態の関係を探っていくことによって、さらに高い精度で絶滅動物の姿勢や運動機能を復元していくことができると期待される。そして最終的に、生物の運動機能の進化の過程を辿るという大きなテーマに一歩ずつ近づいていくことができるのである。これまでの絶滅四肢動物の姿勢や運動機能の復元では、復元の根拠となる前提の見直しや、力学的指標による形態と機能の対応関係の明確な説明、そして現生動物を網羅的に用いた形態と機能の対応関係の提示が多かれ少なかれ欠如してきた点が否めない。今後の古生物学の復元分野は今一度、従来の復元手法や根拠を徹底的に洗い直し、生物の形態と機能の堅牢な結びつきをより多く見つけ出すことによって、より確からしい復元手法を構築していかなければならない。そしてそれこそが、正解を知ることのできない絶滅生物の古生態を復元していく一番の近道なのである。
(本館特任助教/機能形態学・古脊椎動物学)







ウロボロスVolume17 Number2のトップページへ



図1 (上)束柱類哺乳類?Paleoparadoxiaと(下)角竜類恐竜
類Triceratopsの前肢姿勢の様々な復元仮説.これらの
動物はトカゲのように肘を張り出す側方型の
姿勢や、哺乳類のように前肢を体幹の
下へ下ろす下方型の姿勢へと
復元されてきた.


図2 (上)下方型姿勢と(下)側方型姿勢の四肢動物の肘関
節では体重支持に用いる筋が異なる.カモシカのような
下方型姿勢では肘関節の伸筋を用いるが、
ワニのような側方型姿勢では肘関節の内
転筋を用いる.カモシカでは肘の伸筋の、
そしてワニでは肘の内転筋のモーメント
アームがそれぞれ大きいことが骨格
形態の計測によって示されている.