東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
HOME ENGLISH SITE MAP
東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime15Number1



国際協力
東京大学総合研究博物館と台湾との学術協力

池田 博(本館准教授)
清水晶子 (本館キュラトリアルワーク推進員/植物分類学)
 台湾は日本の南西に位置し、沖縄県与那国島からは直線距離でたった100km ほどしか離れていない。東京大学植物標本室 (TI) には、主に日本の統治時代 (1895−1945) に台湾で採集された標本が数多く収蔵されている。特に、東京大学教授であった早田文蔵(1874−1934) は台湾産維管束植物を精力的に研究し、『台湾植物図説(全10巻)』(1911−1921)をまとめた。早田によって記載された新種、新変種は多く、その数は1600に達する (Ohashi 2009).TI には早田が記載した新植物の名前の基礎となる基準標本(タイプ標本)が残されており、それらは台湾はもとより、世界の熱帯植物を研究する際には必ず参照すべき重要な標本群である。
 2009年に、日本と台湾との間で、TI の標本に関係する2件の学術協力が進められた。ひとつは東京大学総合研究博物館の台湾國立自然科學博物館 (National Museum of Natural Science) の特別展への協賛、もうひとつは、TI に収蔵されている台湾産植物標本のデジタル・イメージ化に関する東京大学と國立臺灣大學との協定締結である。

1. 國立自然科學博物館の特別展「福爾摩莎 自然史探索 −植物篇」
 2009年11月18日から2010年5月31日にかけて、台湾中部の台中 (Taichun) にある國立自然科學博物館において、特別展「福爾摩莎(注:フォルモサ。ラテン語で台湾の意) 自然史探索 −植物篇」(The Natural History of Formosa −An Exploration of Plants) が開催された(図1)。この展覧会は、台湾の植物研究の歴史を通覧し、台湾の植物の多様性と研究の進展を示そうとしたものである。展示は國立自然科學博物館学芸員の楊 宗愈 (T. Y. Aleck Yang)博士と國立臺灣大學の謝 長富 (Chang-Fu Hsieh) 教授によって企画され、國立臺灣大學や台湾農委會林業試驗所、日本からは本館と高知県立牧野植物園が協力しておこなわれた。展示は大きく、1) 日本統治時代以前 ( −1895)、2) 日本統治時代 (1895−1945)、 3) 第二次世界大戦後 (1945−)、の3つの時代に区分され、上記の研究機関に保存されている資料、標本を中心に構成されている。
 総合研究博物館からは、植物採集家であり台湾南部の恒春 (Henchun) に台湾総督府熱帯植物殖育場(現・熱帯植物園)を拓いたことで知られる田代安定 (1856−1928)の発見したヤシの一種のタイプ標本と、この植物に関する手書きの報告書の草稿とスケッチ、それに田代が早田に送ったバショウ属(バナナの仲間)(Musa) の一種に関する手紙が展示された(図2)。このヤシの一種とバショウ属の一種には、早田によってPinanga Tashiroi、Musa Tashiroiとそれぞれ田代にちなんだ学名がつけられた。
 また、この展示では、一般の人が親しみやすいよう、それぞれの時代に活躍した採集者、研究者の人物像にスポットをあて、植物研究の歴史を紹介しようと試みた。本館からは、日本統治時代に活躍した日本人探検家、植物研究家として、大渡忠太郎、牧野富太郎 (1862−1957)、三宅驥一(1876−1964)が採集した標本を出展した(図3)。また、牧野富太郎が1896年に台湾に採集旅行に行った際の政府からの出張命令書、および危険回避に用いるピストルの銃弾の購入控えなどが高知県立牧野植物園から出展されていた。
 2009年11月18日、國立自然科學博物館の特別展会場において、オープニング・セレモニーが開催された。台湾國立自然科學博物館からは周 文豪 (Wen-Hao Chou) 副館長と楊博士らが、日本からは展示に協力した本館の池田、清水、鹿野研史(本館研究事業協力者)、東京大学大学院理学系研究科(小石川植物園)の邑田仁教授、牧野植物園の小山鐵夫園長が出席した。マスコミ関係者の取材も多く、台湾の人のこの展覧会に対する関心の高さがうかがえた。

2. 東京大学と國立臺灣大學との協定の締結
 國立自然科學博物館の特別展オープニング・セレモニーの前日、2009年11月17日には、東京大学と國立臺灣大學との間で、TI に収蔵されている台湾産植物標本のデジタル・イメージ化に関する協定の調印式がおこなわれた(図4)。 

 このプロジェクトは、TIに収蔵されている台湾産維管束植物、特に早田文蔵によって記載された新種・新変種のタイプ標本を精細なデジタル・イメージ化し、書籍あるいはインターネットで公開することで、台湾産維管束植物の研究の進展を図ることを目的としている。TI の標本は、総合研究博物館と小石川植物園で分担して管理している関係から、臺灣大學と総合研究博物館、および臺灣大學と小石川植物園それぞれの間で協定が締結された。臺灣大學からは謝 教授と項 潔 (Jieh Hsiang) 教授が、総合研究博物館からは池田が、小石川植物園からは邑田教授が調印に臨んだ。また、神奈川県立 生命の星・地球博物館とも同様の協定が結ばれ、勝山輝男学芸員が調印に臨んだ。このプロジェクトでは、今後5年をかけてTIに収蔵されている約5000点の標本のデジタル・イメージ化を図ることになっている。
 台湾と日本との共同作業によって、台湾産植物標本が整理され、標本の画像が公開されれば、世界の熱帯植物の研究に大きく貢献することは間違いない。このような共同研究が可能となったことは大きな歓びである。

 台湾は地理的に日本に近く、日本と関係の深い植物が多く分布している。日本の植物の進化や多様性、日本の植物相(フロラ)の成立などを考える上で、台湾は重要な位置を占めている。今後は今回のような国際学術協力の推進により、日本から台湾、朝鮮半島、中国本土など、東アジア全域を対象とした広域的共同研究の進展が期待される。

参考文献
Ohashi, H. 2009. Bunzo Hayata and his contributions to the flora of Taiwan. Taiwania 54(1): 1−27.

ウロボロスVolume15 Number1のトップページへ



図1 國立自然科學博物館の特別展「福爾摩莎
自然史探索 −植物篇」


図2 特別展に出展された田代安定の手紙と標本


図3 総合研究博物館から出展された
標本類に見入る来館者


図4 國立臺灣大學との協定調印式に臨む筆者ら