東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
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ウロボロス開館10周年記念号

小石川分館の一般公開

藤尾 直史 (本館助手/建築史学)

東京大学総合研究博物館小石川分館は、1970年に国の重要文化財に指定された東京大学現存最古の学校建築「旧東京医学校本館」を2001 年11 月に大学博物館の分館として一般公開したものである。同年11 月8 日に開館式典・内覧会・祝賀会を行ない、11 月12 日に一般来館者の受入れを開始した。以後本館とともに当館の活動の一端を担ってきた。
まず、これまでの展示について紹介する。2001 年度の開館当初の常設展示Tは、1 階の1 室と2 階の4 室、計5 室のうち、2室を学術標本模型・機器、2室を建築図面模型、1 室をイベント用スペース(建築写真)にあてたものである。学術標本模型・機器は当初は理工系が中心で、途中から医学系(三宅秀コレクション)が加わった。建築図面は本部施設部図面、建築模型は大学120 周年展示のプロジェクト模型と復元模型、建築写真は内田祥三コレクションと菅野誠コレクションである。
2002 年度の開館1 周年記念特別展示「MICROCOSMOGRAPHIA――マーク・ダイオンの『驚異の部屋』」展は、学術的な標本や廃棄物を現代アートの文脈から再構成しようとしたものである。気圏・地下圏・水圏・地上圏・人間・理性と規矩・大きなもの・小さなものと題した8つの小部屋を設け、通常の学術分類ベースとは異なる空間造形の可能性を示したものとなった。
2003 〜 2005 年度の常設展示U「COSMOGRAPHIAACADEMIAE――学術標本の宇宙誌」展は上述の分館1 周年記念特別展示を受けたものである。1 階へ数理模型や幕府遣外使節団請来品、2 階の4室へそれぞれ医学系・自然系・建築系・理工系の標本・図画・模型・機器を配した。既存の常設展示Tに新たに自然系が加わるとともに、様々な分野の標本資料の造形的特性を相互に強調したものとなった。
2004年度の「森万里子/縄文――光の化石トランスサークル」展は一時的に常設展示を撤去して作家独自の世界を構築したのに対して、2003年度の「物見遊山――出会いのカタチ」展、2005年度の国際協働プロジェクト「グローバル・スーク」展は常設展示と企画展示の新たな組合せを模索したものとなった。
特別展示の詳細や関連イベントについては本誌補遺や刊行物を参照されたい。現代美術家とのコラボレーションや博物館工学ゼミ生の参加(湯浅万紀子「教育プログラムの展開」の項参照)は、展示の基盤をなす分館のコレクション(西秋良宏「学術標本の収集」の項参照)とともに特徴的なものとなっている。常設展示は当初平日のみの開館であったが、2 0 0 4 年度から学内外の学生ヴォランティアの協力を仰ぎつつ、土日も含めた開館を継続している。
2006 年3 月9 日から始まった常設展示V「驚異の部屋――The Chambers ofCuriosities」展は現状のものである。昭和初期の大型什器(医学系研究科旧蔵)を分館で使わせていただけることとなったのをきっかけに全面的なリニューアルを行なった。特に本館の自然標本を増補するとともに、既存の自然系・医学系・理工系・建築系の再構成を図ったものとなっている。大航海時代の西欧諸国においては、ヴンダーカマー(驚異の部屋)と呼ばれる珍品陳列室が王侯貴族や学者たちによって競ってつくられたことが知られている。人は誰しも生まれたばかりのときには、眼に見えるもの、手に触れるもの、「世界」を構成するありとあらゆるものが「驚異」であったはずである。このような「もの」をめぐる原初的な「驚異」の感覚は、体系的な知の体得へ先立つものであるとともに、新たな知の獲得へと人々を駆り立てる潜在的な原動力ともなっている。交通・通信技術の発達とともに地理的な「世界」が縮小されていく一方で、知の「世界」は加速度的に拡大され、高度に細分化され、その先端的な広がりの全貌を把捉することはもはや容易ならざることとなった。このような21世紀という時代において、東京大学草創期以来の各分野の先端的な知を支えてきた由緒ある学術標本をもとに、「驚異の部屋」が構築されることは、次世代の知を担うべき人々にとっても少なからぬ意義を持つことと思われる。大学の過去・現在・未来へ通底する学際的かつ歴史的な原点とは何なのかということが、本常設展示へ込められたひとつの問いかけでもある。
分館のコレクションを紹介しよう。動物・古生物は常設展示Uから分館2 階の1 室において、エドワード・モースの直弟子らの動物標本コレクション、クランツ商会の古生物模型、そのほか旧理・医・農の標本・図画・模型を展示した。常設展示Vからは、高槻研究室・佐々木研究室の新しい標本も含めて、1 階へ動物骨格標本・剥製標本・液浸標本・乾燥標本、2 階の2 室へ貝類標本・古生物標本模型ほかを展示している。
植物は常設展示Uから額装標本1 点、常設展示Vから液浸標本2 点、鉱物は常設展示Uから世界最大の金塊模型、常設展示Vから世界各所の有名なダイヤモンド・レプリカ、鉱物結晶模型、人体は常設展示Uから大学120周年展示の全身骨格模型2 点、体幹模型4 点を展示している。
医科大学初代学長三宅秀のコレクションは江戸時代以来の自然標本・医学標本・医療機器・理工学機器・文化物品・写真資料・文書資料などからなっている。元来は建築写真資料研究の途上で偶然その存在を知ることとなったもので、医学部附属医学図書館へ借用を依頼して、2001年度の分館開館当初から展示してきたが、2002年度に関係各位のご尽力によりコレクション全体の管理換えが実現をみた。それを受けて本館で新規収蔵展示「幕末医家のディレッタンティズム」展、その後分館で常設展示を行なった。標本機器物品約300 点と写真資料約500 点についてはそれぞれ標本資料報告(佐々木猛智「標本目録の出版」の項参照)を刊行した。とくに貴重な江戸時代のものや幕府遣外使節団のものは由緒来歴が不詳なものが少なからず含まれていたため、各所の歴史資料を援用してそれらの特定を行なった。
大澤謙二コレクション(2004年度)は医療器具・文化物品・写真資料・文書資料、大澤岳太郎コレクション(2005年度)は本人のデスマスクのほか写真資料・文書資料、富田忠太郎コレクション(2003年度)は医療器具・文化物品・写真資料・文書資料からなっている。
工部省工学寮コレクションは模型・機器・物品、井口在屋コレクションは模型・機器・肖像、徳川武定コレクションは図面・模型・什器、内田祥三コレクションはガラス乾板原板、関野貞コレクションは写真資料、文書資料からなっている。そのほかにも旧理・医・工・農の数多くの模型・機器を収蔵している。チャールズ・ディキンソン・ウェストの肖像彫刻やウィリアム・エドワード・エアトンの什器は、前者は上述のコレクションも含め工学系研究科産業機械工学専攻、後者は同電気工学専攻のご厚意によるものである。
文科のコレクションとしては美術史学教室のモーセ像・瀧精一像、総合図書館の地球儀・望遠鏡・図書カード搬送機器・エレベーター表示板・加藤弘之像・什器などがある。
また分館では、当初の「学校建築デジタル・ミュージアム」構想を踏まえた学誌財グローバルベースのコンテンツ拡充、最新のデジタル技術を駆使したミュージアム・インターフェース構築をめぐる実験的試みも断続的に進めている。もっとも、システム更新の目処が不確定なため、本館をはじめ複数のシステムの活用を視野へ入れたデータの再編を行なっている。
以上のように、学内外からの多大なるご協力のもと、学術的位相や造形的特性が異なった標本を幅広く備えることで、小石川分館は総体としての学術標本の魅力を伝えようとするとともに、標本1 点1 点の質感を重視し、標本を支える什器も古いものを中心に厳選して、相互に最適な組合せを模索することで、全体としてひとつのアート作品へ比肩しうる究極のミュージアム空間の実現を図っている。新旧の木造骨組みが混交する東京大学現存最古の学校建築、都心有数の自然環境を享受する日本最古の植物園という基礎条件を鑑みても、標本・什器・建築・立地というトータルな面において「学術標本の殿堂」とでも呼ぶにふさわしい状況を達成しつつあるのが小石川分館といえる。
明治初頭の創建当初は7階建てで、2階に「大講堂」と呼ばれる部屋があったため、直下の生理学教室における基礎医学実験・教育等の諸活動にあたって騒音や震動が問題視されていたという。このようなエピソードが意外にリアルに感じられるのは、大幅な改造を経つつも大学創立以前の木造建築としてのたたずまいを伝えてきたことによるものではなかろうか。大学の博物館としてマージナルな部分と本源的な部分の双方を体現してきたのが小石川分館であり、今後とも本館とともに実験展示・教育の場として、学際的歴史的原点を画する自然豊かな静謐な場として維持していく必要があると思われる。
(本館助手/建築史学)

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明治初年の旧東京医学校本館
(三宅秀コレクション)
創建当初は塔屋も含めて7階建てであったが、
その後、半裁・移築され現在に至っている。



常設展示T 2階展示室「建築写真の間」
柱・梁・小屋組が露出された展示スペースは、
機構モデルなど教育模型の精神とも通底する。



常設展示U 2階展示室「医学の間」
エルメス社のイベントにて講演する西野嘉章教授



常設展示V 1階展示質「動物の間」
1階展示室はリニューアルの旅に大きく様変わりし、
動物標本を主体とする現在の姿となった。