東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
HOME ENGLISH SITE MAP
基本コンセプト トップページ プロジェクト概要 基本コンセプト デザイン 設置場所 展示内容 産学連携

巨大集中型のミュージアムから分散携帯型のミュージアムへ
博物館存在様態のパラダイム変換を図るべく投企された産学連携プロジェクト「モバイルミュージアム」

西野嘉章(本館教授、博物館工学・美術史学)

 ミュージアム事業については、社会教育、情報発信、公共サーヴィスの必要性が強調される時代になっている。しかし、実際には、お定まりの手法の繰り返しに終始するばかりで、独創性に乏しい。ために、昨日までの優良ミュージアムでさえ、ある日を境に予算カットや人員削減が現実のものとなるなど、ミュージアムを取り巻く社会環境は眼に見えて厳しいものになりつつある。こうした現状を直視したとき、実社会との太い絆を維持できないミュージアムが退場を余儀なくされるのは致し方ない、と言わざるを得ないのではないだろうか。
  産学連携プロジェクト「モバイルミュージアム」の眼目は、既存の概念・制度・建物のなかに自閉し、未来への展望を持ち得ずにいるミュージアム事業に、内から外へ、集中備蓄からネットワーク遊動へ、施設建物から市民社会へという、よりアクティヴで、より機動的で、より効率的な事業モデルのあり得ることを、社会に向かって提案することにある。このプロジェクトが、指定管理者制度の導入で新たな事業展開を求められるミュージアムの活動に、一石を投じることができれば幸いである。

■「モバイルミュージアム」とは?

 次世代型ミュージアムのひとつのあり方を指し示す造語であり、ケータイ電話のように、あちこち自由に遊動するミュージアムの意である。展示コンテンツがコンパクト・パッケージ化され、学校、住宅、企業、公共施設に中長期にわたって貸し出される。これら非ミュージアム的空間内に、「モバイルミュージアム」(MM)のロゴとともに仮設展示されたコンパクト・コンテンツ・ユニットは、周囲の空間をテンポラリーなミュージアム空間に変容させる。展示ユニットは一定の期間が過ぎると、次の場所に移動する。この流れをローテーション化すると、「モバイルミュージアム」の遊動様態がつねに現在進行形のかたちで維持されることになる。
  モバイル・ユニットのコンテンツは、与件(TPO)に応じて組み替え可能である。そのため、既存の大型文化施設を使った催事の持ち合わせない能動性、浸透性を有する。ミュージアム・コンテンツをよりいっそう身近なものとすることで、感覚的美意識や学術的好奇心に働きかける。日常空間を文化的な香りあるも のに変容させる。そうした狙いのものに実現される「モバイルミュージアム」は、既存のミュージアム・コレクション(文化的社会資本)を流動資本化することで得られる付加価値を、幅広い社会層の享受できるものとするための文化的なツールなのである。

■次世代型ミュージアムのイメージ

 この新規パイロット事業の眼目は、施設建物のなかに自閉してきたこれまでの博物館事業に、内から外へ、ハコモノから生活空間へという新しい流れを生み出すこと、すなわち動態的な学芸事業モデルのプロトタイプを構築してみせることにある。ミュージアム・コレクションのパッケージが、街中やオフィス空間に飛び出す。集中定住型からネットワーク遊動型へ、発想の転換を図ることで、ミュージアムの教育啓蒙活動閾は飛躍的に拡大する。
  そもそもミュージアムとはなにか、という問いに対し、大きなハコモノからミニマル・ユニットへ、限定数の「動かぬ拠点」から無数の「移動する小核」へ、という大胆なコンセプト転換を、ミュージアムの近未来は必要としている。周知の通り、国内では公立ミュージアムの整備事業がほぼ終わりかけているが、それら既存の大型ミュージアムを「ネットワーク・ハブ」としたとき、それ補完し結節するための軽便で知的な端末に相当するのが「モバイルミュージアム」なのである。

■国内外の動向

 ミュージアムはこれまで、文化的な社会資本を蓄積する恒久不変的な施設と考えられてきた。しかし、その恒久不変性に安住しているうち、いつのまにかコレクションは不動産化し、企画が陳腐化し、組織が硬直化し、将来の展望が見え難くなってしまった。とりわけ、博物館と美術館のあいだに、制度上、隔てのある日本ではそうした傾向が強い。両者を「ミュージアム」として一括りに考える欧米先進国では、文化史、自然史、歴史等を、蔵品レベル、展示レベルで相互浸透させながら、企画の陳腐化、組織の硬直化を回避しようとする努力がなされている。それに対して、日本のミュージアムは、博物館、美術館、図書館をそれぞれ別立てのものとする国内法に縛られており、しかも経営第一主義に染まっているため、斬新な発想、冒険的な事業を興せずにいる。大学博物館はこうした制度、制約に縛られない。自然史資料の文化史的提示、理学系資料の歴史的再評価、「アート&サイエンス」の実験展示が、国内メディア、英字メディアを介して、国内外で高い評価を得ているのは、既存の体制の打破を目指す欧米先進国の先駆的な動向と合致しているからに他ならない。

■オフィス空間「モバイルミュージアム」

 東京大学所蔵の学術資源の中から展示価値の高いコレクションを精選し、企業のオフィス空間を使って、中長期ローン形式での展示を行う。オフィスビルの玄関口や役員フロアには、装飾インテリアとして絵画や彫刻の展示されることがあるが、「モバイルミュージアム」はそうした常套手段とおよそ異なる発想に立っている。いわゆる「美術品」と称するもののカテゴリーに属さない、正真正銘の学術標本をオフィスに持ち込むことになるからである。日常空間に置かれた自然史標本や歴史文化財は、その空間をそれまでと違ったものに「異化」する触媒効果をもっている。ビジネスの現場が知的で文化的な香りのする空間へと一気に変容するのである。企業は社内にミュージアムの分室を持つことになる。一方、大学は大学で、企業内に収蔵展示型の展示スペースを持つことになる。
  もちろん、こうした事業の実施にあたっては企業サイドの理解と支援が欠かせない。展示ユニットの開発、展示手法の研究など、大学と企業の相互の緊密な連携が必要となるからである。この産学連携事業は、そこに参加する博物館の専属スタッフにとっても、さらには学生・大学院生・研究生・実習生・ヴォランティアにとっても、実践をともなう教育研究の最良の機会である。そのため、パートナー企業は東京大学の教育研究を支援することで社会貢献を行い、社員が専門研究者や大学院生と交流をもつ機会も保障される。

■企業サイドから見た東京大学「モバイルミュージアム」

 「モバイルミュージアム」は、企業サイドから見ると、東京大学の豊富にして稀少な学術文化財を、定期的に入れ替えられるプライヴェート・コレクションとして独占的に利用できる、というメリットがある。無味乾燥で、非文化的なものになりがちなオフィス空間に、学術研究の香り高い自然史標本や歴史文化財を抱き込む。そうすることによって、仕事や生活の場をより知的で、より文化的な場に変えることができる。
  なにかにつけ社会的責任(CSR)が問われる時代にあっては、大学も企業もつねに社会貢献に心を砕かねばならない。「モバイルミュージアム」事業は、大学にとってはストック資源の高度にして創造的なリサイクル活用の機会となり、企業にとっては学術研究と専門教育に対する支援という意義がある。教育研究のメセナ役を担う企業は、大学博物館のアネックスを自社空間内に一定期間恒常的に保持することができる。
ために、コーポレート・ブランドの強化や、社会貢献のヴィジュアル化にそれらを役立てることができる。

■活用事例(I)――オフィス空間内「モバイルミュージアム」

 実際の展開にあたっては、まず、パートナー企業のニーズに適う学術標本を選定する必要がある。企業内で仮設展示が可能な空間の特性を見極めたのちに、基本的な展示デザインの設計に入る。
  「モバイルミュージアム」は、パートナー企業内の公共空間すなわち、ロビー空間やショールームなど
公共性が高い空間に向いている。展示スペースには、必要に応じて情報端末や演出照明が配備され、一般社員や来訪者が気軽に立ち寄れる場となる。企業内の限定空間すなわち、役員フロアや社長室なども、「モバイルミュージアム」の展開の場になる。そうした場合には、観覧者が特定化されるため、ニーズに適った展示方法や展示物を別途検討することも考えられる。展示設計にあたっては、既存空間の特性を分析し、導入されるコンパクト・コンテンツ・ユニットと展示デザインが、相乗的かつ美学的な効果をもたらすよう配慮する。なお、企業と関係する自社建物以外の空間(たとえば企業が所有する貸しビル、企業が出展するイベント空間、社外の外部空間など)で、「モバイルミュージアム」を展開する場合には、東京大学との産学連携プロジェクトであることを明示的に表すコーポレート・アイデンティティを確立することが必要であり、統合的な展示戦略が一段と重要なものになる。
  いずれにせよ、パートナー企業の嗜好に適うような展示デザインを行わねばならない。たとえば、学術的・教養的なコンテンツ提供を主眼とする、ある種のサイエンス・ミュージアム的な方向性もあり得る。それとは別に、学術標本のモノとしての美学的な特性を際立たせる、アート・ミュージアム的な戦略選択があっても良い。いずれであるにせよ、文字や図形による展示解説を最前面に押し出す教育博物館的展示、学術標本それ自体のフォルムやテキスチャーを効果的にフィーチャーし、ユーザの身体的インタラクションに応じて必要な情報が追加提供されるような展示となる。これらの方向性は必ずしも明確に峻別されるものではないが、パートナー企業の空間に新たな付加価値を創出するため、様々な可能性が探究されることになる。
  東京大学との産学連携プロジェクト「モバイルミュージアム」は、パートナー企業にとって、大学コレクションの独占的展示による大学教育研究支援を通じた社会貢献、先駆的な産学連携研究への参画実績による企業イメージの向上、他所に存在しない独創的な展示演出によるオフィス空間の質的向上などのメリットが期待できる。

■活用事例(II)――教育施設内「モバイルミュージアム」

 「モバイルミュージアム」を学校教育施設内で展開することも考えられる。周知の通り、小中学校など教育の現場では、就学人口の減少に起因する「空き教室」問題が深刻化している。モノ離れ、斬新な教育プログラムの不足なども危惧されており、これらに対するミュージアムからの独自の貢献が待たれている。初等中等教育の現場と大学博物館が「モバイルミュージアム」で結節し、両者の活動の活性化を図ることができる。
  収蔵施設の狭隘化で死蔵の状態ないし瀕死の状態にある学術標本コレクションを、求めに応じて小中学校の「空き教室」や、利用効率の芳しくない文化施設に貸し出し、そのスペースを収蔵展示型のミュージアム空間に変え、学校教育・社会教育を支援する。
  教育施設内「モバイルミュージアム」には、展示用参照標本のミニ・コレクション、総合研究博物館学
術情報グローバルベースと結節する双方向対話型キヨスク端末、ワークショップ実演スタッフを連動させる。ユニット全体は、遊牧民の移動型住居のように、接合・組立・解体を自由に行えるものとなる。コンテナに積まれ、長距離輸送にも耐える。これをより機動的に行うには、特殊コンテナ車両、大型仮設テント、展示用キットの開発が必要となる。各地を移動する展示品の各々には、マイクロコンピュータを埋め込み、GPSシステム、MCシステムにより、戸籍情報、所在情報、解説情報の管理を行う。このシステムは、展示品に関する情報をリアルタイムで
管理するだけでなく、紛失や盗難に対するセキュリティ・ネットとしても機能する。このモデルとなるのは、流通業界の商品管理配送システムである。
  先端的テクノロジーの複合結晶体が、国内外を頻繁に動き回る、近未来型情報環境の将来像を、展示・出版等を通じて、広く社会に喧伝する。「モバイルミュージアム」は、専門教育研究機関と市民生活を結ぶ実体的教育支援装置として、ローカルエリアにおける小口ニーズへ、迅速かつ柔軟に対応できる。この研 究課題を実現することで、大学からの学校教育・社会教育への貢献の方途が明確になる。たとえば、2年ないし3年のサイクルで展示用コンテンツ・ユニットを地方のミュージアムに長期貸出しすることも考えられる。
  また、「ゆとり教室」を使ったケースでは、収蔵型展示の維持管理活用について、地域の教育委員会と協議の上、総合研究博物館における学部生・院生対象の博物館工学ゼミ、現職学芸員対象の学芸員専修コースと連動させることもできる。これにより小中学校における教室教育と大学における学芸員養成教育がオーバーラップし、教育効果の相乗が期待できる。大学生と小中学生、学芸員と学校教員と大学研究者が、それぞれに教えつつ学び、学びつつ教える、これまでにない複合教育プログラムの場が、「モバイルミュージアム」によってもたらされることになる。

■活用事例(III)――アジア圏学術ネットワーク「モバイルミュージアム」

 法人化後の大学には、学術研究の支えとなる新しい事業モデルが求められている。産学連携による異分野・異業種横断型の事業モデル、人的・情報的なつながりを介したネットワーク構築事業も、そうしたニーズに応えようとするものである。アジア圏学術ネットワーク「モバイルミュージアム」は、総合研究博物館がこれまでに構築してきた、ミュージアムや大学など学術研究機関間のつながり(ネットワーク)、膨大な学術標本コレクション(モノ)、展示公開のための空間・情報デザイン技術(ソフト)を基盤リソースとして、「展示用コンテンツ」の中長期ローン(貸し出し)を核に、アジア圏学術ネットワーク拠点形成を試みようとするものである。これは、大学に蓄積された文化的社会資本の「流動化」を図り、新たな価値を創出しようとする、従前にない試みである。
  具体的な方策は、研究者にも一般市民にも見てわかる展示用コンテンツ・ユニットを、海外連携機関と協働で開発し、それを複数の連携機関間で中長期ローンし合い、教育研究、展示公開等に利活用しようとするものである。外国研究機関と共同研究開発したコンテンツを、中長期にわたって公開スペースに現在させることは、学術による文化交流という点で意義深い。と同時に、海外からモノや情報を取り入れることに傾きがちな国内の学術潮流のなかに、学術資源の流動化というダイナミズムを創出することができる。
  アジア圏学術ネットワーク「モバイルミュージアム」は、海外への学術・社会貢献事業の実践推進、海外での東京大学のプレゼンスの強化促進、ミュージアムの新しい社会貢献事業モデルの先駆的提示、研究者・学術標本・知的財産の交流による学術情報ネットワーク構築の実現等々の社会的意義を有する。
  展示コンテンツが中核メディアとなるため、1)専門家だけでなく、より広い公衆に対して開かれている、2)コトバ的なものでなく、モノ的なものである、3)中長期にわたって維持されることから、単発的なものでなく、恒常的、常在的、顕在的なものである、4)機関間の相互的信頼とシステマティックな協働の上に築かれる等の点に特長がある。
  なお、海外版「モバイルミュージアム」のコンテンツは、それぞれの受け入れ機関の個々の条件や要請に応じて、中身や規模が多様に変化し得る。日本産の自然史標本(動物、植物、鉱物などの重複標本)、人文社会系の学術標本(書籍、写真などの重複標本)、デジタル・コンテンツとそのディスプレイ装置、展示 キット、写真パネルなどの「モノ」、展示デザイン、展示企画などの「知的ノウハウ」など、ハードとソフトのいずれか、あるいはその両方が想定される。


新日鉄興和不動産本社におけるモバイルミュージアムの展示(磨製石斧)  ・・展示は非公開

ページの先頭に戻る