東京大学総合研究博物館展示一覧

1992年度

異民族へのまなざし
古写真に刻まれたモンゴロイド

会期:1992年11月16日 〜1993年03月25日



1994年度

文明の想像力
古代アンデスの造形美術

会期:1994年06月06日 〜1994年06月30日



東京大学コレクション I

東アジアの形態世界

会期:1994年10月11日 〜1995年01月31日



1995年度

東京大学コレクション II

動く大地とその生物

会期:1995年06月22日 〜1995年08月31日



ネアンデタールの復活

会期:1995年11月08日 〜1995年12月24日



1996年度

東京大学コレクション III
特別展示

歴史の文字
記載・活字・活版展

会期:1996年09月10日 〜1996年10月13日

本展は総合研究博物館の開館を記念して、日本における文字記載を取り上げ、その歴史を、「古代の銘文付鉄剣」から「明治庶民の荷札」まで、産業科学史と社会文化史の両面から通覧しようとするものです。館内には国内に残されている希少な初期金属活字の大半が集い、また、三百万本を超える鉛活字や大型輪転機でもって、消え行く「活版印刷所」の仕事場を再現、さらには超高精細画像処理などのデジタル技術とマルチメディア館内ランの実験も同時に行います。展示と並行して、学内外の専門家三十人以上の論文を結集した学術的図録が刊行されます。



東京大学コレクション IV
特別展示

日本の植物研究をさかのぼる
小石川植物園三百年の歩み

会期:1996年11月12日 〜1996年12月20日

本展は本学附属小石川植物園に植えられていたイチョウの木で精子が発見されて百年目に当たる本年、近代 植物学が開かれて間もない日本でのこの世界的な大発見を記念するものです。日本では明治期に近代植物学 が移入されるに先立って薬草を研究する本草学が発達し、その枠組みの中で植物の研究が進みます。小石川 植物園の歴史は1684年に幕府が設けた薬草園にさかのぼり、植物園の三百年の歩みとともに日本での植物学 の過去・現在・未来をたどってみます。



特別展示

デジタルミュージアム
電脳博物館〜博物館の未来

会期:1997年01月21日 〜1997年02月28日

博物館がコンピュータ技術の発達により大きく変わろうとしています。デジタル技術は今までの時間的、空 間的制約を解放し、しかも、あらゆる人に対して博物館を解放します。今日の博物館では利用が困難な人々 、視聴覚障害者には音声で、聴覚障害者には文字で知識を提供します。新しいデジタル技術を駆使した実験 的な展示を通し、未来の博物館像をみせます。



1997年度

特別展示

バーチャルアーキテクチャー
建築における「可能と不可能の差」

会期:1997年05月13日 〜1997年06月10日

コンピューターの中のバーチャル世界ならば物理的に不可能な建築でも実現できます。しかし、リアル世界でもコンピューターは建築の不可能を可能にしています。コンピューターを駆使した構造設計により、不可能と思われていたアイディアが実現できたりもしています。さらには発想のレベルでも、紙の上で考えていたのではまとめきれなかったであろう3次元構造をもった建築アイディアも発表され始めています。

本展は建築における「可能と不可能の差」をキーワードとして、建築とはなにか、コンピューター技術の進歩が建築に与えた影響、そしてその先にあるものを模索するものです。

なお、同時に展示する、今まで計画しながら実現せずに終わった案の中で、是非実現させてみたい建築を展示する「幻の建築案」もご覧ください。



東京大学創立120周年記念「東京大学」展

会期:1997年10月16日 〜1997年12月14日

  • 第一部「学問のアルケオロジー」
    会場=安田講堂(大講堂、三階廊下、周歩廊)および附属図書館(三階展示ホール)
  • 第二部「精神のエクスペディション」
    会場=総合研究博物館(一階展示ホール)
  • 第三部「建築のアバンギャルド」
    会場=安田講堂(四階廊下)とキャンパス
  • 第四部「知の開放」
    会場=「知の開放」パビリオン(医学部一号館前)

かつて知の枠組みは百科全書、博物館、万国博覧会によって一定の捕捉が可能であると考えられていた。水平線や地平線を見ても地球のかたちを思い浮かべるなら、人々を穏やかな憧憬と理性的冒険へと誘う認識の枠組みのようなものである。そのような知の枠組みの時々の確認こそが、明るい未来へとつながる人類の安定した発展という信仰の根拠の一つとなった。確認の作業と信仰の力によって支えられ、学問の領域は明確な輪郭をもつと同時に、それぞれの輪郭に間隙を生じさせることのない構築性をもって近代西洋科学という総体が形成されたのである。

現代に生きるわれわれは、そのような確認の作業が膨大な時間と労力を必要とすること、および、その作業の過程で確認すべき対象自体が大きく変容し得ることをよく承知しており、同時にそのような作業の推進を支える信仰の力もいまや変わりはてていることを認識している。そうであるなら、かつてのような確認の作業は現代においてはもはや無意味であり、不必要と化したのであろうか。

過去数十年間の学問の営為は、近代西洋科学を構成するそれぞれの学問領域の内外にいくつもの大きな欠漏と間隙があることを発見し、それらの充填ばかりでなく中仕切りとしての輪郭の変更を、学問の自律的要請と社会の需要に対応して行ってきた。しかし、西洋近代科学という構造を前提とする修補としての側面は否定できず、それぞれの領域における研究の先端化と深化への学術資源の投入は、総体としての知の中核にある学問の先導力を分散させ、情報社会における知の平坦化という巨大な力を無視できないほどの状況にいたらせている。

そのような状況を正面から見据えるなら、知の先導力の組織的創出源として期待される大学は、これまで以上の柔軟性、機動力、そして流動性を確保することによって知の磁極としての場を実現していかねばならない。そのためには、総体としての知の確認作業を必要とする社会的認知を待つことなく、大学という枠組みの中における学問の過去と現在を点検し、未来を展望する作業を大学自体が行う必要がある。社会に認知された教育研究組織として大学の、内と外、過去と未来をヤヌスのごとく展望することにより、いま一度、大学とは何であったのか、そして何であるのかを自ら問い直すためである。そのような目的をもって「東京大学展〜学問の過去・現在・未来」は企画されたのである。

東京大学展図録「緒言」より



東京大学コレクション VI
東京大学創立120周年記念「東京大学」展

学問の過去・現在・未来 第1部
学問のアルケオロジー

会期:1997年10月16日 〜1997年12月14日

東京大学創立百二十周年を記念して開かれる本展「学問のアルケオロジー」は、学内各所に残されている古い学術標本を一堂に集めて展示し、そのことを以て黎明期の大学における学問の歩みを包括的に振り返ることを眼目とする。近代国家の形成の過程で西欧から将来された諸学が日本社会のなかでどのような役割を担い、またそれらがどのような発展の軌跡を辿ってきたのか。二十一世紀の到来を目前にしたいまこそ、そのことに改めて想いを致してみる絶好の機会なのではないか。というより、その軌跡に連なる様々な遺産の何たるかを今ここで確認しておくことは、来るべき学問の将来を見据える上で必要にして不可欠なことなのではないだろうか。

……

本展では明治期のものを中心に二千点以上の学術標本を目録化し、安田講堂での展示へ供することにした。総数六百万点のなかの二千点、ということからすれば誠に微々たる数に過ぎない。しかし見方を換えるなら、近代社会の形成に直接であれ間接であれ寄与した歴史的な学術遺産が、いまなおそれだけ学内に残されているということでもある。

東京大学展図録「第一部 学問のアルケオロジー」より



東京大学コレクション V
東京大学創立120周年記念「東京大学」展

学問の過去・現在・未来 第2部
精神のエクスペディシオン

会期:1997年10月16日 〜1997年12月14日

相対的に未知な世界へ遠征し学術的な新知見を得る行為、それをここではエクスペディシオン(expedition)とよんでいる。学術調査ないし探検といってもよい。健全に成熟した学術と相応の組織をもつ機関ならば、海外にも多くのエクスペディシオンを派遣するのが自然の成り行きだろう。百二十年前に創立された東京大学は、今日までに実に多くの海外調査団を派遣してきた。調査隊は一チームが数十名に達するものから個人レベルまで、規模はさまざまである。また、地形調査や動植物探索、考古遺跡の発掘、都市住人の社会調査や気象観測、宇宙の成因を調べる地球科学等々テーマも多彩である。ありとあらゆるテーマに導かれ、ありとあらゆる地域で調査・研究が展開されている。その総数はもはやとらえきれないほどの量に達している。調査は常に新しい知見をもたらすものであるから、このことは、学内に集積された資料やデータも莫大な量にのぼっていることを意味する。

第二部「精神のエクスペディシオン」展では本学教官が組織したそのような海外学術調査の軌跡と成果を公開し、それによって海外に広がる研究の意義や、探検型学問のもつ魅力を改めて世に問うことにした。展示では、明治から第二次大戦前の時代性を帯びた調査と、戦後間もなく発足して今に続く文化史・自然史系の大型調査を中心に紹介されている。これら過去の調査をながめることは、今日隆盛をきわめる海外調査のよってきたる源を認識する機会となるだろう。また、外遊そのものが希であった頃の海外調査においては研究者の意気込みも責任も戦略も現在とは大きく異なっていた。未知の土地での調査に胸おどらせた戦前、戦後間もなくの研究者の冒険心や探検心にふれることは、蔓延する人工的環境の中で失われつつあるフィールドワークの楽しさを呼び起こすことにもつながるのではないかと考える。

東京大学展図録「第二部 精神のエクスペディシオン」より



東京大学コレクション VII
東京大学創立120周年記念「東京大学」展

学問の過去・現在・未来 第3部
建築のアバンギャルド

会期:1997年10月16日 〜1997年12月14日

第三部は「建築のアヴァンギャルド」と題して、キャンパスの過去を振り返り、さらにそれを舞台として企画された今回の特別展示のデザインを紹介する。そもそも、本郷キャンパスは、明治初年以来、東京大学の敷地として数多くの建築・教育施設が建てられてきた。それは間違いなく、重厚な、安定した日本有数のキャンパスとして理解されよう。歴史の重層したキャンパスは、多くの知的生産活動の舞台となったわけで、それ自体が自立した歴史を物語る恰好の素材たりえよう。キャンパスの内部に多くの建築が誕生し、それが毀れ、また新しい建築が誕生する、といった様々な道程の結果、現在のキャンパスが存在していることは確かであって、その歴史を再認識することは、今までの知の在り方をもう一度確認し、再点検する絶好の機会でもある。あるいはうかつにも忘却してしまった重要な課題を再発見する旅でもある。

東京大学展図録「第三部 建築のアバンギャルド」より



東京大学創立120周年記念「東京大学」展

学問の過去・現在・未来 第4部
知の開放

会期:1997年10月16日 〜1997年12月14日

現代の最新情報テクノロジーと東京大学が百二十年積み重ねてきた知識の融合により知の開放が現実化する。東京大学が収集してきた資料は膨大である。たとえば東京大学総合研究博物館を始めとして東京大学が保有する資料は六百万点に及ぶといわれる。この他現在行なわれている講義の内容も貴重な知識である。これらを積極的に発信することが「知の開放」であり、東京大学がなにをやっているか、やってきたかの集大成となる。

東京大学百二十周年「知の開放」プロジェクトは一九九七年十月十六日から十二月十四日まで開催する東京大学創立百二十周年記念東京大学展第四部として公開する。そのために東京大学本郷キャンパスの医学部一号館隣接に「知の開放」パビリオンという特設パビリオンを作り、その中に展示スペースを設ける。さらに通信衛星を使ったCSデジタル放送による放送、インターネットによる情報提供、さらに放送融合型実験など最新技術を駆使して東京大学の今を公開していく。

東京大学展図録「第四部 知の開放」より



常設展示

アジアの人類遺跡
Ancient Heritage of Asia

会期:1998年03月02日 〜1998年05月15日

[画像]
壷形土器(重文指定)

東京市向ヶ岡(現東京都文京区弥生)向ヶ岡貝塚
弥生時代後期
頚部径8.4cm、胴部最大径22.7cm
底部径8.5cm、高さ22.0cm
資料館人類・先史部門(DO. 6990)

1階展示フロアを使った常設展示を開始しました。これは、先端的な研究成果やキュラトリアルワークがなされたばかりの未公開資料を学内外に広く公開する特別展示とは異なり、教育・研究に不可欠な基本資料をより長期にわたって提示しようという試みです。今回は、アジア各地で収集された考古学・人類学関係の標本資料をそろえました。1877年にE.モースが発掘した大森貝塚の縄文土器、弥生式土器命名の基準となったタイプ標本、今世紀初頭に鳥居龍蔵が撮影したアジア各地の民族古写真、あるいは北海道で発掘された旧石器時代の細石刃一括資料など、東京大学が保管する考古学・人類学の基準資料を展示しています。

また、同時に、デジタル・ミュージアムのコーナーをもうけ、これまでに当館でデジタル化された資料を大形スクリーンで通覧できるようにもしています。

入館はどなたでも自由です。教育・研究、あるいは憩いの場としてご活用いただければさいわいです。



1998年度

特別展示

Science for Life
生命の科学

会期:1998年07月02日 〜1998年08月09日

主催=東京大学総合研究博物館
共催=東京大学医科学研究所
協賛=英国大使館
協力=ブリティシュ・カウンシル,ウェルカム・トラスト



東京大学コレクション VIII
特別展示

博士の肖像
人はなぜ肖像を残すのか

会期:1998年10月01日 〜1998年11月15日

[画像]
「外山亀太郎像」
高島野十郎作、製作年不詳
64.5×52.0cm、油彩・布
画面右下にサイン「Y.Tkashima」
農学部養蚕学研究室蔵
撮影 上野則宏

東京大学で教鞭をとった教授たちの肖像が、キャンパスの随所に飾られています。絵画もあれば、彫刻もあります。藤島武二、和田英作、中村彝、鏑木清方、新海竹太郎、朝倉文夫など、明治期から昭和期にかけて第一線で活躍した画家や彫刻家の手になるものが数多く含まれますが、その全貌はなかなか明らかになりませんでした。教授在職二十五年記念、退官記念、還暦記念、三回忌など、肖像が作られた事情はさまざまで、彼らの謦咳に接した人々がいなくなれば、その多くはひっそりと眠りにつくほかないからです。

そもそも人はなぜ肖像を残すのでしょうか。いうまでもなく、本人が目の前にいるかぎり、わざわざ肖像をつくる必要などありません。肖像とは本人に似せてつくられる身代わりであり、本人の不在が前提となります。そして、不在の最たるものが死でした。この世を去っていった人を追慕するために、古来、肖像は連綿とつくられてきました。

学問の場でも、祖師や先師を追慕するための肖像が必要とされました。大学の歴代教授たちの肖像もまた、この歴史を負っています。日本最古の肖像彫刻、奈良唐招提寺の鑑真和尚像は、鑑真の没後すぐに、弟子たちによってつくられたと言われます。一方、東京大学にある最古の彫刻は、医学を教えるために明治初年に来日したドイツ人教師レオポルド・ミュルレルの肖像です。1895年、教え子たちによって、彼の三回忌に建立されました。肖像製作の事情は、千百余年の時を越えて似ているといわざるをえません。

このたび、総合研究博物館は大学内にある肖像の所在調査を行い、およそ100点の肖像画と80点の肖像彫刻を確認しました。この中から、55点の肖像画、20点の肖像彫刻を選び、「博士の肖像」と題して公開いたします。



特別展示

デジタル小津安二郎
キャメラマン厚田雄春の視

会期:1998年12月09日 〜1999年01月31日

主催:東京大学総合研究博物館
共催:東京大学大学院総合文化研究科表象文化論研究室

小津安二郎(1903〜1963)は、日本映画の黄金時代を代表する映画監督であり、没後30年以上を経た今日、海外での評価はますます高まる一方である。その小津の傑作群の撮影を担当したキャメラマン厚田雄春は、1992年に逝去しているが、その遺品の中に、小津作品の創造の秘密を伝える貴重な資料の数々が発見された。撮影風景のスナップショット、細かい演出メモが書き込まれたシナリオ、完成作には用いられずに終わった未公開ショットのネガフィルム、セットの設計図、等々、極めて重要でかつ興味深いものが数多く見られる。

それらの遺品の数々は、厚田氏の遺族から小津映画に関しては蓮實重彦東京大学総長に預けられ、大学院総合文化研究科超域文化専攻表象文化論コースに整理・分析・保存が委託されている。現在、これらの資料は、当館坂村研究室に持ち込まれ、そのデータベース化、修復、各種解析作業が、デジタル技術を駆使して急ピッチで進めまれている。

今回この貴重な資料を整理・分析・保存することとあわせ、最先端のデジタル技術を駆使しつつ、刺激的でかつ有意義な展示を行いたい。具体的には、コンピュータ技術による滲み・汚れ、褪色したフィルムのリニューアルなどを試み、最先端のデジタル技術が持つ映像修復の可能性を開示し、厚田キャメラマンによって撮影されたオリジナルの映像の輝きを再発見したい。また、資料中の設計図と映画を手がかりに、小津映画に登場する日本家屋のセットをヴァーチャル空間として再現し、小津映画空間の秘密を多くの人の興味を引くような形で展示したいと考えている。



1999年度

特別展示


形と機能を支えるシステム 1

会期:1999年04月19日 〜1999年09月10日

総合研究博物館は、地学系・生物系・文化史系から成る3系17資料部門を持ち、およそ240万点の学術標本を管理しています。今回の展示では、「骨〜かたちと機能を支えるシステム」というゆるやかなテーマに基づき選択された標本を通し、骨がどのような働きを持つものであるかを明らかにします。人間を含めた動物の骨ばかりでなく、骨を持たない植物や鉱物をも取り上げました。それらの形態と機能を支えるシステムについても考える機会としたいからです。いわば骨と骨組みという観点から、自然の仕組みを考えようとするものです。さらに、骨を利用した道具、骨を納めた器、骨から作られた薬、そして人工骨など、骨と人間の関係、骨をめぐる文化の一端をも紹介します。展示は、2000年度、2001年度にも継続されます。



夏期特別企画展

ふしぎ隕石展

会期:1999年07月21日 〜1999年09月10日

隕石は太陽系の進化の歴史を記録している貴重な資料です。太陽系は46億年の年月をかけて原始太陽系星雲から現在の姿に進化してきました。隕石には進化の最初の頃の情報が豊富に残されています。

今回の展示は、夏休みという機会をとらえて、子供たちの「隕石とはなにか」、「隕石を研究して何がわかるのか」、などの素朴な疑問にも答えつつ、大学生や研究者にも興味を持っていただけるように、東京大学総合研究博物館が所蔵する南極以外に落下した隕石120点に加えて国立極地研究所の所蔵する南極隕石9点を展示して、多様な隕石の豊富な博物情報を示します。

この展示は、総合研究博物館が行ってきた一連の展示とは趣向を変えて、小学生から中学生をも対象として、大学の研究成果をわかりやすく伝えようとする初めての試みです。

会場の写真:
[会場の写真1] [会場の写真2] [会場の写真3]



東京大学コレクション IX
特別展示

ニュースの誕生
かわら版と新聞錦絵の情報世界

会期:1999年10月08日 〜1999年12月12日

[画像]
東京日々新聞第1号、1874年

主催:東京大学総合研究博物館、東京大学社会情報研究所
助成:朝日新聞文化財団、アサヒビール芸術文化財団

このたび、東京大学総合研究博物館では、社会情報研究所との共同主催で、同研究所の前身、新聞研究所の実質的な創立者であり、日本の新聞ジャーナリズム研究のパイオニアでもあった小野秀雄氏のかわら版と新聞錦絵コレクションを中心とした展覧会を開催します。

この展覧会には、社会情報研究所が所蔵している小野コレクションのかわら版約600点、新聞錦絵約400点からのものを中心に約320点が展示されます。小野秀雄氏のかわら版と新聞錦絵が広く公開される機会としては最初にして最大のものです。

とりわけ小野氏の集めたかわら版には、安政大地震などをめぐる多数の災害かわら版などきわめて貴重なものが多数あり、その一部は彼の『かわら版物語』によって多くの研究者の間で知られてきました。また新聞錦絵も、明治初期の新聞メディアと民衆の日常意識のかかわりを浮かび上がらせるような多種の貴重なものが含まれています。

本展では、これらを一挙に展示すると同時に、全コレクションについての詳細な画像データベースをデジタル・ミュージアム方式で提供し、さらにそれらのかわら版や新聞錦絵がかつて売られていたときの状況に迫るべく、義太夫などの声による呼び売りの再現も試みています。



特別展示

デジタルミュージアム2000

会期:2000年03月01日 〜2000年04月28日

主催:東京大学総合研究博物館
特別協力:国立歴史民俗博物館
協力:NTTサイバーコミュニケーション総合研究所、サン・マイクロシステムズ株式会社、プラス株式会社

本館は平成8年の設立以来、研究資料の永久保存に対して積極的に取り組んできました。その中心を占めるアプローチが「デジタルアーカイブ」と呼ばれる方法であり、更に上位のコンセプトである「デジタルミュージアム構想」の一つとして計画されています。この構想の発案以来、既に4年が経過しようとしており、構想に基づいた研究や「デジタルアーカイブ」事業の成果が今や結実しつつあります。本展示では、本館が推進してきたデジタルアーカイブや分散博物館の取り組みの成果を示します。なお、本研究の一部は、平成9年度より、文部省・科学研究費補助金・研究成果公開促進費「東京大学総合研究博物館データベース」を受けています。

※ 展示期間中、国立歴史民俗博物館とのデジタルミュージアム共同実験展示「縄文の記憶」が、東京大学総合研究博物館と国立歴史民俗博物館の2ヶ所の会場に別れて開催されました。



2000年度

東京大学コレクション X
特別展示

加賀殿再訪
東京大学本郷キャンパスの遺跡

会期:2000年05月20日 〜2000年07月09日

主催:東京大学総合研究博物館・東京大学埋蔵文化財調査室
共催:文化庁
特別協力:(財)前田育徳会

東京大学本郷キャンパスは、かつての加賀百万石、前田家本郷邸跡につくられています。この展示は、近年のキャンパス再開発とそれにともなう発掘調査によって掘り出された加賀藩関係の歴史的文化財を、一堂に公開する初めての試みです。展示では、本郷邸のしくみとそこで繰り広げられた前田家の生活・文化を発掘の成果をもって再現し、江戸の巨大大名屋敷の構造と機能を具体的に考察します。また、赤門や心字池、井戸、石垣など地上にみえる加賀藩ゆかりの構築物をマッピングし、学内に残る江戸の屋敷空間そのものも展示場にしたいと考えています。

江戸考古学の面白さの一つは、文献史料や絵図などから類推されていたことがらを、発掘調査によって検証したり書き換えたりできることにあります。本郷邸跡からも、1629年の徳川秀忠、家光らの御成時に用いたと思われる食器類(医学部付属病院地点)、あるいは1827年に徳川家から嫁ぎ赤門を出入りの門とした溶姫の御殿(総合研究棟地点)など、歴史的によく知られた人物・事件にかかわる遺構・遺物が数多く出土しており、その分析が江戸学をいっそう豊かなものにしつつあります。豪壮な建築と豪華な内装、調度品で市中に名の聞こえた本郷邸は江戸時代、将軍家から町人まで多くの人々が訪れる名所でした。ここが東京大学に譲られて120余年、長らく地中に埋もれていた加賀殿の御屋敷。発掘と江戸考古学の成果を借りてそれを復活させ、今一度訪れてみようというのが、展示タイトルにこめられた意図です。

江戸考古学の歴史は浅く、大学構内遺跡発掘の歩みは、そのままその歴史と重なっています。本展は、加賀御殿の内側を見学するだけでなく、開発と江戸ブームにのって突然始まった江戸の考古学が、本郷キャンパスを舞台にして、どこまで育ったのかを検証する機会ともなるでしょう。



常設展示


形と機能を支えるシステム 2

会期:2000年07月24日 〜2000年12月22日

総合研究博物館は、地学系・生物系・文化史系から成る3系17資料部門を持ち、およそ240万点の学術標本を管理しています。今回の展示では、「骨〜かたちと機能を支えるシステム」というゆるやかなテーマに基づき選択された標本を通し、骨がどのような働きを持つものであるかを明らかにします。

今回の展示では哺乳類とヒトを中心にさまざまな動物の骨を紹介することにした。日常生活で骨を目にすることは少ないので、骨は気味の悪いものと感じる人が多い。それは骨が死と分かちがたく結びついているために反射的に死を連想するからである。しかし私たちの皮膚のすぐ下に骨があるのはまぎれもない事実であり、気味が悪いどころかすなおな知的好奇心があれば骨に関心をもつのはむしろ自然のことであろう。

……

今回の展示品を生物学的関心だけでなく、自然の造形美として見ていただければ幸いである。



常設展併設コーナー

シーボルト日本植物コレクション

会期:2000年10月27日 〜2000年12月22日

今回、日蘭修好400年を記念して、国立ライデン植物博物館のピーター・バース(Pieter Baas)館長のご厚意により約50点の植物標本が本館に寄贈されることになりました。これらの標本は、植物学の研究資料としての価値に加え、シーボルト自身の手による収集品という文化史的な意義、さらに日本で保管される最古の植物標本としての科学史的な意義をも具有するものです。

本館では10月26日にバース館長を迎え、シーボルト標本の贈呈式を挙行します。また、同日から12月22日まで、展示ホールの新規収蔵標本コーナーで、寄贈標本を中心として展示を催します。この展示にはバース館長が中心となり製作したシーボルト植物標本のデジタル画像も公開するほか、かれの主要著作、川原慶賀(けいが)ら日本人絵師に描かせた植物画を集めたシーボルト植物画コレクション(複製)などの関連資料の展示も行います。



特別展示

死後の礼節
古代地中海圏の葬祭文化

会期:2000年11月01日 〜2000年12月15日

本展は、エトルリア(特に主要都市タルクィニア)を中心に、南イタリア(主としてルカーニア地方パエストゥムとプーリア地方北部アルピ)、マケドニア(ヴェルギナ、レフカディア、ディオン、アギオス・アタナシオス)、またトラキア(カザンラク、シプカ、ズヴェシュターリ、マグリッシュ)出土のネクロポリス、墓、葬祭記念物および葬祭絵画に焦点を当てたドキュメンタリー展である。主要部分を占めるのはエトルリアであるが、この地方では葬祭絵画の現象は、すでに前7世紀前半、すなわち大型記念墓建築の発生直後に現れた後、ヘレニズム盛期(前3世紀後半−前2世紀前半)にいたるまで継続していった。前6世紀から前3/2世紀にわたる期間を通じてエトルリア葬祭絵画の“首都”であったのは、南エトルリアの富裕な沿岸都市タルクィニアに他ならない。この町の地下の墓室墓に大部分がそのまま残されているオリジナルの壁画を展示することは出来ないが、その代わりに、本展では質的に優れた壁画の原寸大写真多数、またローマのドイツ考古学研究所古文書資料室所蔵の、一連の複製画ならびに透写図が一覧に供される。写真は、日本の名写真家、岡村崔氏の作品であり、ローマからの複製画や透写図は、19世紀にタルクィニアの墓室内で当時の画家や線描家達によって製作されたものであるが、日本ではもとより、ヨーロッパ外での初めての一般公開となる。また北エトルリアの幾つかの広大なネクロポリスや王侯貴族の墓(特にポプローニア)の記録も合わせて展示される。

図録序論より



常設展示


形と機能を支えるシステム 3

会期:2001年01月09日 〜2001年06月29日

総合研究博物館は、地学系・生物系・文化史系から成る3系17資料部門を持ち、およそ240万点の学術標本を管理しています。今回の展示では、「骨〜かたちと機能を支えるシステム」というゆるやかなテーマに基づき選択された標本を通し、骨がどのような働きを持つものであるかを明らかにします。



常設展併設コーナー

縄文とパリ
考古学者中谷治宇二郎の記録

会期:2001年01月15日 〜2001年03月30日

[画像]
「陸奥国西津軽亀岡」の土偶

中谷治宇二郎が選科生時代に作成した膨大な縄文土器・土偶カタログ、パリ留学時に残したフランス先史遺跡の踏査記録を採集標本とともに公開します。

「なかやじうじろう」。雪の結晶の研究者、人工雪の作成に世界で初めて成功したことで知られる中谷宇吉 郎の実弟である。宇吉郎ほどの知名度はないが、治宇二郎も考古学者の間では没後60年以上をへてなお語り 継がれる数少ないスターの一人である。それは、昭和初期、日本考古学の草創期に矢継ぎ早に発表した論考 の多さもさることながら、私費で留学したフランス、パリでの苦学のエピソード、そこで得た病がもととな った帰国後の大分湯布院での闘病生活、そして享年34才で迎えた早すぎる死。残した仕事とは不釣り合いに 短い人生にも感じ入るものが多いからに他ならない。

このたび長女、法安桂子さんから治宇二郎が残したノート、書簡、図面類が本館に寄託された。なかでも秀 逸なのは縄文土器・土偶、骨角器などをスケッチし、出自を記した万を超える標本カードである。昭和初期 に知られていた縄文標本を集成する一大カタログといってよい。それは人類学教室が当時、保有していた標 本の私的目録をふくむものとなっている。



2001年度

常設展併設コーナー

石と金属の飾りもの
前方後円墳時代の装飾品

会期:2001年04月09日 〜2001年06月29日

およそAD250年ごろから350年ほどの間、日本列島の広範囲で大小数十万基の古墳が造られ続けました。墳丘の大きさや副葬品の内容から前方後円墳を頂点とした序列がうかがえ、墓の形と大きさが亡き首長たちの勢威の強弱を象徴していたと思われます。権力を手にした者たちの身体も当然飾り立てられたことでしょう。

本館の人類先史部門には、明治・大正期に収集された古墳時代の遺物が多数収蔵されています。今回は、これらのうち、新規にデータベース化を進めている身体装飾品類の一部を公開します。石釧、耳環、さまざまな玉類をギャラリー風に並べてみました。



企画展示

神岡展
日本を代表する非鉄金属鉱山誌

会期:2001年04月16日 〜2001年06月29日

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神岡鉱山栃洞鉱床の冬景色

神岡鉱山は、日本を代表する鉛・亜鉛などの非鉄金属鉱山であり、明治以降の日本における産業の近代化を支えてきた鉱山でした。

本展示では、図資料とモノの両面から神岡鉱山の検証を行います。特に、神岡鉱山に産出する鉱物・鉱石・岩石、東京大学の研究者が残した研究素材、また探鉱に使われた道具、作成された坑内スケッチ、坑内ボーリング資料、さらには資源探査のための600mボーリングコアなどを展示して、神岡鉱山の多角的な解剖を試みます。



東京大学コレクション XI
特別展示

和田鉱物標本展

会期:2001年07月14日 〜2001年09月28日

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山梨県乙女坂鉱山産出の水晶(日本式双晶)

東京大学に近代的な学問体系をもたらしたのは、明治初期に招来されたお雇い外国人教師たちでした。彼ら外国人教師の指導の下に多くの若き日本人の俊秀達がエリート教育を受けました。今回の展示は、その俊秀の一人である和田維四郎に光を当てるものです。

今回の展示では、和田鉱物標本を中心に、明治〜大正期に東京大学に収蔵された鉱物標本を一堂に集めます。標本ひとつひとつが学問の中で息づき、これらの学術標本が博物資源として新しい学問の始まりを予感し期待させるものであることを感じ取っていただきたいと思います。



特別展併設コーナー

カワイルカ
絶滅の淵より

会期:2001年07月14日 〜2001年09月28日

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絶滅に瀕しているヨウスコウカワイルカ

カワイルカは海にすむイルカのうち淡水にすむようになった特殊なグループで、世界に4種類しかいません。そしてひとつ種類がひとつの川に住んでいます。その生活は謎につつまれていましたが、1970年代になって世界の研究者がカワイルカを調べ始めました。日本でも東京大学が調査隊を派遣し、ガンジス川、インダス川、南米のラプラタ川、アマゾン川に調査に行き、標本を採集しました。カワイルカはとても小さな目をもっています。中には水晶体がほとんどないものもおり、視力は悪いと考えられています。そのかわり、音波を出してその反射をソナーで感知することができます。そのために頭骨が特殊化しています。今回、貴重な標本を展示しますので、このことを観察できます。またカワイルカは同じ大きさのイルカに比べても脳がいちじるしく小さく、またその形態も原始的なものとされています。東京大学ではその後もカワイルカの研究を続けており、最近ではヨウスコウカワイルカの調査も行っています。今回はこの調査隊の成果のほか、新しく解析したCTスキャンの映像や、絶滅に瀕しているカワイルカの保護についても紹介します。



東京大学コレクション XII
特別展示

真贋のはざま
デュシャンから遺伝子まで

会期:2001年10月20日 〜2001年12月09日

我々のまわりにはコピーがあふれかえっています。文献複写はもちろん、写真やデジタルデータ、名画や骨董の贋作、大量生産の機械部品、さらには遺伝子によって再生産される生命から鉱物の自己複製にいたるまで。コピーは現代世界を読み解くキーワードの一つとさえ言えます。本展はコピー(偽)の意味と効用を見つめ直し、同時に、それと対照的と思われがちなオリジナル(真)という概念がいかに曖昧かを問いかける試みです。



特別展併設コーナー

宝石と原石
玉は磨かなければ美しくないか

会期:2001年10月20日 〜2001年12月09日

「玉磨かざれば光らず」とは、実語教にある言で、礼記の「玉磨かざれば器を成さず」によっていると思われる。玉(たま)とは、この場合は玉(ぎょく)であり、広辞苑によると彫琢して装飾するとある。中国では玉(ぎょく)は、軟玉であり瑪瑙であり、清の時代になって仲間入りしたヒスイである。これらの玉(ぎょく)は確かに磨かないと単なる石塊にすぎない。しかし、玉を一般の宝石と考えると、宝石の原石は、磨かなくても十分に美しいし、場合によっては磨かない方が美しい。

……

今回、企画した「宝石と原石」では、鉱物の持つ色と形の多様性を感じ取って戴きたい。しかし、東京大学総合研究博物館には残念ながら宝石のコレクションは皆無であり、原石は鉱物標本として収蔵されている。



特別展示

デジタルミュージアム III

会期:2002年01月12日 〜2002年02月24日

1996年に資料館から生まれ変わって以来、本館は博物館業務へのデジタル技術導入を積極的に推進してきました。既に数万点にのぼる収蔵標本・資料群がデジタル化され、巨大なアーカイブが構築されています。本展示は5年間にわたるこのデジタルミュージアム・プロジェクトの総括をめざすもので、コンピュータを利用した新しい人類の知的遺産の蓄積・表現・発信手段を提案します。



特別展併設コーナー

野性動物を追う

会期:2002年01月12日 〜2002年02月24日


電波発信装置を装着したニホンジカ

長いあいだ動物の野外研究は双眼鏡と野帳でおこなわれてきた。野生動物研究者は 近代的な機器類とは無縁であるかの如き存在と見られることもあり、それでよしとされる空気さえあった。そこには、素朴な機器類に頼るよりも健康な脚と鋭い観察眼こそ野生動物をとらえることのできる最良の道具であらねばならないという信念のようなものがあった。そして多感で鋭敏な感性をそなえたすぐれた研究者がいたことも事実であった。

しかしそこに限界があったこともまた確かであった。哺乳類は夜行性のものが多い。また鳥類は飛翔力にすぐれている。どのようにがんばっても人間の努力でどうにも知ることのできない領域が厳然と存在した。

現代の機器類の発達は、このような分野へも積極的な展開を見せるようになった。たとえば1000kmを越えるような大規模な渡りをする鳥類に電波発信器をつけ、それを衛星で受信すれば、研究室にいながらにして渡りのルートをリアルタイムで知ることができるという、まさに夢のようなことが可能になった。また山の中にカメラをセットしておけば暗闇を歩く野生動物の写真を撮影することが可能となった。今回の展示では、野生動物を追おうとする研究者たちが使っている捕獲装置、追跡装置、自動撮影装置などやその成果を紹介し、野生動物の野外研究の前線の雰囲気を伝えたい。



2002年度

東京大学コレクション XIII
特別展示

北の異界
オホーツクと氷民文化

会期:2002年05月18日 〜2002年07月14日

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骨で作ったクマの頭
(トコロチャシ跡遺跡、オホーツク文化期)

本州で奈良、平安文化が栄えていた頃、北海道のオホーツク海沿岸には本州以南の人ともアイヌ人とも全く 違う無文字民族が生活していました。樺太方面から渡来し、そして忽然と消え去った彼らのことを考古学者 はオホーツク人と呼んでいます。この展示では、謎めく彼らの顔かたち、文化、そして北海道土着の人たち との関わりを最新の野外調査の成果をもとにして多角的に考察してみます。

野外調査は、北海道常呂町にある東京大学人文社会系研究科付属北海文化研究常呂実習施設で行われていま す。この施設は地元の全面的な協力のもと1965年に設立されました。長期にわたる活動は、列島の北端で継 起した独特な先住民文化に光をあてただけでなく、今や現代を生きる地元社会と密接に相互作用するにいた り町の文化行政の主要な一翼をにないつつあります。展示では北の大地で続くそのユニークな学術活動の意 義と展望も示したいと考えています。



特別展併設コーナー

三宅コレクション

会期:2002年05月18日 〜2002年09月14日


文久3年遣欧使節の写真
中央がのちの三宅秀

日本初の医学博士、東京大学初の名誉教授となった三宅秀ほか一族ゆかりの建築写真・科学物品などを公開します。

三宅コレクションは、日本の医学史に代々名を残す、江戸期以来の医学一家である三宅家に伝わった数々の歴史資料−書物、写真、標本、文書・書簡、原稿・日記、物品・器具類からなっている。

三宅コレクションは1点1点丁寧に包装され医学図書館で長年保管されてきたものである。昨年の小石川分館の開館準備中にその存在を知り、数点を借用して展示してきたが、今回の新規収蔵品展を機に、物品類を一括して総合研究博物館へ移管していただけることとなった。今後は三宅家ゆかりのコレクションとしてのまとまりを保ちつつ、1点1点の収蔵品に多角的な観点から検討を加えていくこととなる。また新規収蔵品展終了後は小石川分館へ収蔵され常設展示される。



特別展示

東京大学学位記展
ようこそ学問のフロンティアへ

会期:2002年07月27日 〜2002年09月01日

大学の機能である研究・教育の成果はおもに論文という形でアカデミー界に発信されますが、大学の社会的存在がますます大きくなるにつれて、社会への発信がより強く求められるようになっています。種々の公開講座やオープンキャンパスなどは、このような要請に応えるものといえます。本博物館ではこのような流れに対応して、東京大学の研究・教育の成果を、これまでもおもに研究資料の展示という形で発信してきました。大学博物館としてこのような機能は今後もさらに大きくなるものと予想されます。

一方で本博物館は別の形の発信法を模索してきました。その一例として「東京大学学位記」展があります。学位こそは進行中の研究の最前線の成果であり、それがいかなるものであるかを紹介することは、「大学の今」の直接的な表現といえると思います。おりしも一昨年前からオープンキャンパスが開催されることとなり、本博物館にも高校生が訪問し好評を得ていますが、これも広く社会に向けて東京大学の現状を紹介する一つの機会であるということができます。

以上のような背景から本博物館では平成14年度7月下旬からオープンキャンパスの期日を含む約一ヶ月半の期間で「東京大学学位記」展を企画することとしました。学内の多くの部局から学位記にかかわる研究が紹介されます。



分館常設展示

COSMOGRARHIA ACADEMIAE
学術標本の宇宙誌

会期:2003年03月19日 〜2006年02月19日

「COSMOGRARHIA ACADEMIAE〜学術標本の宇宙誌」展は、医学・自然(動物・植物・鉱物)・建築・工学という4つのセクションからなっています。展示コレクションとしては、本学最初の医学博士・名誉教授である三宅秀の学術標本コレクション、E.モースの直弟子佐々木忠次郎・飯島魁らの動物標本コレクション、工部省工学寮時代の工学模型・機器のコレクション、内田祥三・井口在屋・徳川武定らのガラス乾板原板・工学模型・機器のコレクション、加藤弘之像をはじめ本学の教育研究を担ってきた博士らの肖像のコレクション、E.エアトンの大型什器をはじめ本学の教育研究の現場を支えてきた標本・掛図・模型・機器・什器のコレクションがあります。

小石川分館ではこれらのコレクションの学術的位相とともに、骨・剥製・植物・鉱物あるいは木・石・金属・なまりガラスなど、標本1点1点の質感のヴァリエーションを重視し、標本を支える什器も古いものを中心に厳選して相互に最適な組合せを模索することで、全体として一つのアート作品に比肩しうる三次元〈小宇宙〉の実現を図っています。そのうえ旧東京医学校や旧小石川薬園・養生所という歴史的由緒、新旧の骨組みが混交する擬洋風木造建築、自然豊かな植物園という都心有数の立地環境を享受する本館は、標本・什器・建築・立地環境というトータルな面において、まさに〈学術標本の殿堂〉とでも呼ぶにふさわしい状況を達成しつつあるといえます。

学術標本の展示が一つの究極形を獲得したいま、当初の「学校建築デジタルミュージアム」構想も新たな局面をむかえています。本館では、学問の実像と学問の場たる建築との関係、学術標本一般に対する建築資料・デジタル画像の特性、三次元〈小宇宙〉の構成要素としての適性を考慮し、既存の学誌財グローバルベースのコンテンツ拡充に加えて、いくつかの実験的な試みをスタートさせています。



東京大学コレクション XIV
常設展示

クランツ標本展

会期:2002年07月27日 〜2003年06月20日

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クランツ商会の創始者
アダム・アウグスト・クランツ

明治初期という学問の黎明期に、東京大学の前身である開成学校に迎えられた外国人お雇い教師は、教育・研究を行うために必須の標本を大量に輸入しました。その代表的な標本群に、通称「クランツ標本」があります。ドイツのボンに現存するクランツ商会は、アダム・クランツによって1833年に始められました。1872年にアダム・クランツは死去し、甥のフリードリヒ・クランツによって事業は継続されました。東京大学総合研究博物館には、明治初期にクランツ商会を通じて輸入された鉱物・岩石・鉱石・動物化石・植物化石の1万点を越える標本が収蔵されています。その多くの標本にはアダム・クランツの名前の入ったラベルが添付されており、ヨーロッパ全体から北アメリカまで広い範囲にわたって収集されています。本展示では、学問の黎明期を飾り、当時の研究教育の原点となった代表的な標本を、クランツ商会の協力を得て、当時の台帳などと共に公開し展示します。



東京大学コレクション XV
特別展示

貝の博物誌展

会期:2002年09月21日 〜2002年11月04日

海国日本は暖流と寒流が混ざり合う絶好の地理的条件に恵まれており、世界中でも際だって貝の種類の多い地域の一つです。貝類は熱帯から極域まで、あるいは深海から陸上域にも幅広く生息しており、地球上のあらゆる環境に適応しています。そして、貝殻の形や色の繊細な美しさには世界中の人々が魅了され、装飾品として利用し、コレクションの対象として収集品の多寡を競い合ってきました。貝は自らの身を守る構造物として貝殻を分泌しますが、結果として得られる形態には、人類には模倣し得ない美しさと洗練された機能を兼ね備えています。このように、種類の豊富さ、様々な生活様式、形の美しさは貝類を代表する特徴です。「貝の博物誌」展では、身近な貝から稀少種まで、自然の多様性と造形美を代表する学術標本の数々を公開します。

なお本展示は会期終了後、引き続き常設展として平成15年3月28日まで新館一階展示ホールで開催されます。(日・祭日閉館となります)



特別展併設コーナー

蓮實重康博士旧蔵美術史研究資料展

会期:2002年09月21日 〜2002年11月04日

京都大学教授であった蓮實重康が永年にわたって収集した絵画・彫刻の画像資料を中心とする美術史研究資料を公開します。



分館特別展示

MICROCOSMOGRAPHIA
マーク・ダイオンの『驚異の部屋』

会期:2002年02月17日 〜2003年03月02日

東京大学総合研究博物館は、小石川分館の開館1周年を記念して、特別展「MlCR0COSMOGRAPHlA 一 マーク・ダイオンの『驚異の部屋』」を開催する運ぴとなりました。

マーク・ダイオンは1961年米国マサチューセッツ州に生まれ、ニューヨークを中心に活動している美術家です。20代から国内のアート・シーンで注目を集めてきたダイオンは、1990年代に入り国際的な舞台で光彩を放ち、いまや欧米の主要な美術館・博物館の寵児の1人とされています。ダイオンは狭い意味での「現代美術」の枠に囚われることなく、広く自然環境や社会生活という視点から、人間と自然の関係、現代における「知」のあり方を間い続けてきました。彼の仕事は大勢のボランティアとともにフィールドをハンティングし、採取した様々な自然物や人工物を独自の視点から分類し直し、虚実の入り交じった擬似的な博物学的小宇宙を再構成することを基本としています。

本展は東京大学の所蔵する様々な学術標本を中心に構成されます。マーク・ダイオンは総合研究博物館の「博物館工学ゼミ」に集う学生・院生を中心とするプロジェクト・チームと対話を重ね、相互の協力のもとにインスタレーションを実現しました。「東京大学コレクション」を今日の社会的・文化的な文脈のなかで、アートとしてどのように組み立て直すのか、これが今回のインスタレーションの課題です。東京大学が120年を超える歴史のなかで蓄積してきた多種多様な学術標本のインスタレーションは、現代のミュージアムの原型とも言われる「ヴンダーカマー(驚異の部屋)」すなわち、近世ヨーロッパで王侯貴族や自然科学者が情熱を燃やした珍奇物の宝庫の驚異的な側面と、コレクションにかける人間の理性では割り切れぬ不思議な魅力とを、同時に彷彿させてくれるに違いありません。

この機会に、ミュージアムの「原風景」を科学と芸術の関わりから掘り下げることで、広く世界の公衆に鮮烈な印象を与え続けてきたマーク・ダイオンの仕事を紹介することは、ミュージアムのみならず科学や芸術の新しい魅力と可能性を発見する試みとして、時宣に適うことと考えます。



常設展併設コーナー

モノは私のフィールド・ノート
小田静夫氏旧蔵南太平洋コレクション

会期:2002年11月18日 〜2002年12月20日

東京都教育庁の小田静夫氏が南洋諸地域で収集した考古民族学的資料を公開します。資料は石斧、槍、釣り針、絵文字など、原住民が作り、用いた、また先住民が残した現在のものとも過去のものとも言えぬ独特な標本群です。

この展示は、本館主催の第10回学芸員専修コースに参加した全国各地の学芸員15名によって共同制作されました。展示の準備期間は構想時間を含めても5日間、使える材料は館蔵の既存備品のみ。この過酷な条件のもと、展示制作に関わる諸問題を実地に議論するためにおこなった展示実験の成果です。



特別展示

小柴昌俊先生ノーベル賞受賞記念
ニュートリノ展

会期:2003年01月16日 〜2003年04月20日

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大型光電子倍増管を手にする小柴先生

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カミオカンデの写真

本学の理学部の小柴昌俊名誉教授は、宇宙ニュートリノの検出へのパイオニア的貢献によりノーベル物理学賞を受賞されました。

小柴先生は、陽子崩壊の検出を目的として巨大な水槽に光電子増倍管を配置してチェレンコフ光を捉えようとする装置を着想され、神岡鉱山に「カミオカンデ」として実現させました。1983年から陽子崩壊の観測が開始されましたが、1987年には太陽ニュートリノ観測が可能になるまでに低ノイズ化を行い、同年に383年ぶりに起きた大マゼラン星雲の超新星爆発からのニュートリノの観測に成功しました。太陽系外からのニュートリノの最初の観測でした。その後、太陽ニュートリノや大気ニュートリノの精密な測定から多くの成果を挙げられました。これをきっかけに、ニュートリノ天体物理学という新しい学問分野が始められたのです。

今回の「ニュートリノ」展では、小柴先生のノーベル賞受賞研究の成果ばかりでなく、そこに至った着想の過程をも紹介します。中心的な位置を占めたカミオカンデ、スーパーカミオカンデや欧州素粒子物理学研究所(CERN)における実験を紹介しつつ、カミオカンデ・スーパーカミオカンデという装置を支えている技術や背景を紹介します。

小柴名誉教授のノーベル賞受賞は、ともすれば実利に傾きがちな先端科学全盛の時代にあって、基盤科学の重要性を示し、科学は文化的な所産であることを世に認識させました。



特別展併設コーナー

痕跡の考古学

会期:2003年01月16日 〜2004年03月28日

考古学資料には、あらゆる所に人々の営みが痕跡として残されています。その痕跡を陽像に変換し、SEM等による観察から当時の生活を復元します。



2003年度

常設展示

小柴昌俊先生ノーベル賞受賞記念
ニュートリノ展

会期:2003年04月22日 〜2003年06月20日

ニュートリノ展は、特別展示の後、6月20日まで常設展示として開催されました。



特別展示

東京大学学位記展 II
博士研究にふれて

会期:2003年07月19日 〜2003年09月07日

大学の社会的存在がますます大きくなる中で、大学における研究のもっとも中心的存在である博士課程の研究を広く社会に紹介することは大変意義深いことです。このような考えから、本館では昨年はじめての「東京大学学位記展」を開催しました。

これまでおもに学会などでしか紹介されたことのない研究内容をわかりやすく紹介する工夫をし、通常は目にすることのない実験器具や文献、あるいは野外調査で集められた動植物や鉱物の標本などがところ狭しと並べられる一方、コンピューターをはじめとする種々の新しいメディアによる展示も挑戦的に行われました。また、通常は同じ場所で紹介することのない生物学と工学、あるいは自然科学と社会科学、実験とフィールドワークなどさまざまな組合わせが隣り合って展示されることにより、思いがけない効果も生まれました。

これを引き継ぎ、さらに展示を工夫したうえで、今年もほぼ同様の規模の学位記展を開催します。

昨年度、学位記展風景:
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特別展示

世界初公開〜最古のホモ・サピエンス写真展〜

会期:2003年07月19日 〜2003年09月07日

エチオピアで発見された、16万年前の現代人の祖先の化石が、03年の6月に発表されました。この研究成果は、エチオピア国、米国カルフォルニア大学、そして本学の研究者らが長年継続してきた共同研究のたまものです。本学からは、総合研究博物館の人類形態研究室が重要な役割を果たしてきました。現在開催中の学位記展のワンコーナーで、本研究についての展示が行われています。



特別展示併設コーナー

川口コレクション
農園を持つ二枚貝類

会期:2003年07月19日 〜2003年09月07日

岡山大学名誉教授 川口四郎博士(東京大学理学部動物学科1930年卒)が本館に寄贈された、永年の研究中に採集した造礁サンゴ貝類標本を公開します。共生褐虫類をもつ二枚貝としてよく知られたシャコガイ類の他に、川口博士はリュウキュウアオイ、カワラガイなどを発見され、これらを比較総合的に調べ、共生による貝形殻質体部などの変化を明らかにされました。各種とも発生初期には共生藻はなく、約2週間後に摂取すると変態します。殻が巨大で共生部が外面に出る種類と、殻が薄く透明で共生部が殻内のものとがあります。



東京大学コレクション XIV
特別展示

国際共同展示
シーボルトの21世紀

会期:2003年10月04日 〜2003年12月07日

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シーボルト標本(アジサイ)

日本ではシーボルトを知らない人は少ない。19世紀のシーボルト来日には単なる歴史的な事跡では済まされないものがあり、それは今日一層の重みを増しているように思われます。

20世紀、日本ではシーボルトは西洋医学の伝道者として、日本の医学への貢献が研究され、シーボルト事件による国外追放の酷評に一石を投じ、後半には日本文化の理解者・ヨーロッパへの紹介者としての評価も高まりを見せました。一方、帰国後活躍したヨーロッパでは、シーボルトは日本学の確立者、日本の博物・文物の大コレクター、園芸家などとしての評価を受けています。こうした20世紀のシーボルト像は、洋の東西を問わず、彼のなし遂げた事跡の一面にのみ光をあてシーボルトを見ているのが特徴でした。21世紀という新しい時代を迎え、改めてシーボルトの果たした役割を再検討してみたのがライデン大学植物学博物館・オランダ国立自然史博物館との共催によるこの特別展です。

本展では、第1にこれまでのさまざまな個別的分析にもとづくシーボルト像を、シーボルトが当時の日本人に与えた衝撃とその受容、帰国後のシーボルトが当時のヨーロッパの人々に与えたインパクトと受容という点から見直していきます。第2にシーボルトのもっとも大きな業績である日本の植物研究への貢献を、日本で収集した標本とそれに基礎をおいた学術研究から展望していきます。また、21世紀において、ますます高い評価が与えられるシーボルトの諸活動には当時のオランダの貢献が大きく、シーボルトの日本コレクションの大部分は、専門性に応じて複数の博物館・大学に散逸することなく大切に保管されています。そこで、学術研究と博物館のあり方の一つのモデルとして、その一端も紹介します。



東京大学コレクション XVII
特別展示

石の記憶〜ヒロシマ・ナガサキ
被爆試料に注がれた科学者の目

会期:2004年01月24日 〜2004年04月12日

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被爆試料(シシ頭)

昭和20年8月に長崎と広島に原爆が投下されてから60年が経過しました。この間、総合研究博物館に被爆資料の一群がひっそりと眠っていました。

原子爆弾投下直後の昭和20年9月に原子爆弾災害調査特別委員会が設立され、物理・化学・医学などの調査班が組織されました。物理班の中には地学グループが設けられ、東京大学を中心とした地質学者、地理学者が中核となって調査に当たりました。リーダーとして活躍した東京大学名誉教授渡辺武男(研究資料館〈元の総合研究博物館〉初代館長)は10月6日より広島、長崎で調査を開始し、その調査結果は原子爆弾災害調査報告書の中で「広島および長崎両市における原子爆弾災害物の地質学的および岩石学的観察」として記述されています。本館には、渡辺武男が収集した報告書の原材料であるさまざまなメモや地図、写真、被爆資料(主に瓦、石、建造物破片)が残されており、多くの資料は採取地点を特定することができます。

本展では、原爆投下後約60年を経て初公開される本館所蔵の被爆資料を通じて、研究者が原子爆弾投下直後の広島・長崎で何を見て、そこに何を感じ取ったのかをモノを通して明らかにします。



特別展併設コーナー

平林武 鉱山コレクション

会期:2004年01月24日 〜2004年04月12日

東京帝国大学工科大学採鉱冶金学科教授であった平林武は、明治から大正・昭和と激動の時代を国家プロジェクトである資源探査・開発の目的で全国を踏査し、その際に大量の鉱山の資料を収集しました。また、自身の手になる膨大なフィールドノートや講義資料、著書なども残しています。これらの資料群は廃棄されることなく家族のもとで保管され、平林家から総合研究博物館に寄贈されました。



分館特別展示

物見遊山
出会いのカタチ

会期:2004年02月28日 〜2004年03月14日

「物見遊山」展は、東京大学、東京芸術大学の学生有志が立ち上げた「To.co」が、東京大学総合研究博物館小石川分館において、「物見遊山」というフットワークで博物館や小石川と関わりながら多少なフィールドワーク手法を引き出し、博物館というハコの存在を前提としたアプローチを行います。



2004年度

東京大学コレクション XVIII
特別展示

「プロパガンダ1904-1945〜新聞紙・新聞誌・新聞史」展

会期:2004年04月29日 〜2004年08月29日

日々発行される新聞はすぐに読まれ、たちまち用無しとなる。紙面の大半が速報性に重きを置く情報からなりたっていることを考えるなら、この消費サイクルの短さも不思議ではない。紙としての新聞すなわち「新聞紙」が現代社会における消費財の代名詞ともされるのはそのためである。

用済みになった新聞の回収は、たしかに高度循環型社会の実現のために必要ではある。しかし、だからといって、「新聞紙」をリサイクル資源としか見なし得ないとしたらどうか。確かなことは、新聞紙が膨大な文字・画像・物性に関する情報を有しているということ。この点において、新聞紙総体の資源価値は他のどの印刷メディアに比して遜色がない。ことに古い「新聞紙」はそうである。近代社会のなかに生まれ、急速な発展を遂げた新聞の古い紙面は、発行された時代のすべてがそこに凝縮されているという意味で、他のものに代え難い歴史的な価値を有しているといえるのではないか。

にも関わらず、明治初期から太平洋戦争での敗戦にいたるまでの古新聞を、系統的に、かつまた利用可能な状態で保存している公的機関は多くない。この憂うるべき現状の拠って来る理由は紛れもない。新聞は日常生活と密着しすぎているため、いとも簡単に処分される。もとより大量消費財としてある新聞は、多くが廉価な紙に刷られ、しかも判型が大きいため邪魔にされる。恒久保存についても、発行元である新聞社や公共機関への一方的な期待感が先行し、他人任せになりがちである。結果として、創刊からのち今日まで存続している全国紙の中央版ですら「紙」としての完全保存がなされてこなかったし、ましてやそれらの各県版、明治初期の「大新聞」と「小新聞」、廃刊になって久しい大新聞、短命に終わった小新聞、国内各地のローカル新聞、特殊な業界新聞、旧植民地で発行された現地語版新聞や現地語併用版新聞などとなると、様々な経緯が災いして実物の存在を確認することは困難な状態にある。

すでに新聞等で報じられている通り、東京大学総合研究博物館は、そうした新聞史料保存の危機的な現状を鑑み、明治の初期からこれまで館内資料部植物部門の押葉標本の保存乾燥用とされてきた新聞紙を回収し、それらのシステマティックな資料化と取り組んできた。2002年に始められた「古新聞紙」の資料化事業は、博物館工学ゼミの参加を得て2003年に本格化し、これまでのところ明治20年代から昭和20年代に至るあいだの新聞紙約1万点の回収整理を終えている。とはいえ、これでも想定される全体量の5分の1から10分の1に過ぎず、今後なお画像のデータベース化を含む資料化事業を、長期にわたり継続して行かねばならない。

これまでの作業を通じて、本館の有する新聞資料は、なによりもまず蓄積量が膨大であること、現存の確認されていない稀少新聞が大量に含まれていること、植物標本の付随物として標本室で保管されていたことから保存状態が抜群に良いこと、紙面が半裁されているという欠点はあるものの、欄外余白など発行時の原型を完全にとどめていることなどの諸点が確認されている。

本展の眼目はこれまでまったく知られていなかった新聞資料の存在を公にすることにある。と同時に、大学博物館が取り組むべき重要な研究課題すなわち、理科系の研究資料として蓄積されてきた学術標本を文化系研究資料としてリサイクル活用する方法の、その具体的な例証のひとつにしたいと考える。



新規収蔵展示

東大総長のプレゼンス
渡邊洪基から内田祥三まで

会期:2004年04月29日 〜2004年08月29日

2004年4月1日、東京大学は国立大学法人として新たなスタートをきりました。今後は総長の存在がますますクローズアップされることと思われます。本展はこの機に歴代東大総長にまつわる学内外の美術品及び学術標本・史料を展示公開しようというものです。

大学史研究においても総長の存在は重要な意味を持っています。もっとも本展は実物展示ということもあり制度史的な側面より個々の総長の存在に焦点をあてています。とくに初代帝国大学総長渡邊洪基から14代内田祥三まで、戦前の12人の総長をとりあげます。

肖像は総長の存在を最も直裁に示すものの一つです。歴代総長をモデルとする美術家の作品が学内外に伝わっています。学術標本・文書・文献は総長の広範な活動の一端を示すものといえます。このほか昭和戦前期の学内行事・課外活動等の光景を捉えた貴重な映像史料や、公印・銀時計の実物が展示公開されます。

本年は法人化に加えて、最初の公選総長となった山川健次郎生誕150周年にあたっており、地元では従来に増して話題を集めていると聞きます。本展を通して、総長の存在あるいは大学の歴史に対する関心が高まり、ひいては学内外を通した歴代総長コレクションの調査研究が進む一助ともなればと思います。



東京大学コレクション XIX
特別展示

『Systema Naturae』〜標本は語る〜

会期:2004年10月02日 〜2006年06月09日

18世紀にいたるまで植物、動物、鉱物などの自然物は神の創造物と考えられてきたが、自然界に存在するあらゆるものを秩序立て、分類の大綱を示すことに成功したのはリンネであった。1735年にリンネは Systema naturae(自然の体系)を著し、自然物を鉱物界、植物界、動物界の3界に分類した。博物館は自然物を収集し自然の体系の解明を目的として誕生したのである。そこでの研究によって、自然物は進化を通じた生成物であることが明らかになった。本展示は、博物館での自然史研究から得られた「自然の体系」の様相を、収蔵する標本で具体的に展望しようとするものである。



特別展示

デジタルとミュージアム

会期:2004年10月02日 〜2004年12月26日

ディジタル技術と博物館の接点を中心に「『ディジタル』とは何か」「文化とディジタル」「芸術とディジタル」「国際化」「新しいミュージアムの形」などといった観点から展示を行う。世界の文化遺産や博物館の所蔵品などにディジタル技術を応用したディジタルアーカイブの各種事例を紹介することで、ディジタルの面白さ、すごさを伝え、されにこれらを通してディジタル技術を応用した新しい博物館の姿や博物館の重要性を提示する。また大学博物館ならではの特徴を生かし、ディジタル技術を用いることによって得られた最新の研究成果の紹介も行う。



分館特別展示

森万里子 縄文〜光の化石
トランスサークル

会期:2004年10月16日 〜2004年12月19日

小石川分館では国際的に活躍しているニューヨーク在住のアーティスト森万里子を迎えて、縄文時代をテーマに展覧会を開催いたしました。森万里子は、グローバル化している世界や社会環境の人工化によって自然環境の在り方が急速に変容している現代的状況を鑑みて、「人間」と「自然」の関係性を縄文時代にまで遡って本源的に探求し見直そうとしています。本展は、東京大学総合研究博物館の研究者と森万里子とのコラボレーションによって、縄文時代における「生」と「死」の多様なシンボルとメタファーを歴史的時間層を超えて現代に甦らせようとする試みでした。展覧会構成は、東京大学総合研究博物館所蔵の縄文の遺物(重要文化財含む)を、森万里子が創作した作品と組み合わせてインスタレーションしていくものでした。このように現代美術の展覧会としては、たいへんユニークな方法論的アプローチと視点によって、閉塞化している現代美術の世界を打破し、過去、現在、未来への扉を開き、我々現代人がどこから来たのかを知る手がかりを見出そうとする「精神的な冒険旅行」へ誘うものです。



新規収蔵展示

須田昆虫コレクション
東京の昆虫たち〜その衰亡の歴史をたどる〜

会期:2004年10月02日 〜2004年12月26日

2003年に寄贈された須田孫七氏の昆虫コレクションを紹介する。本コレクションは東京都を中心に戦後すぐから収集され現在にいたる10万点におよぶもので、失われていった東京の自然を指標する貴重な資料といえ る。

展示パネルより:



特別展示

メディアとしての建築
ピラネージからEXPO'70まで

会期:2005年02月05日 〜2005年05月08日

東京大学総合研究博物館における2005年1回目の特別展は<建築>をテーマに取り上げます。

建築を含む全ての人工物は、多少ともメディアすなわち情報媒体の役割を担うと言えるでしょう。

本展覧会では、もう少し焦点を絞り、その時代の建築・芸術の思潮に大きな影響を及ぼした建築の図像(例:ピラネージの版画など)や、国力や産業技術の力を謳い上げるために作られた建築(例:万国博覧会の建築)などに照明をあて、メディアたるべくデザインされた建築というものを取り上げたいと考えます。

展示物は、明治時代にヨーロッパから持ち帰られたG・B・ピラネージによる古代ローマの想像的復元図ほかの版画集(東京大学総合図書館所蔵)、18世紀の建築家による古代の建築遺跡の想像的復元の書物、万国博覧会の歴史に関する諸資料および映像などです。18世紀以降の近代という時代のなかで、建築が何を伝えようとしたのか、そのためにいかにデザインされたかを展示を通して見ていきます。



新規収蔵展示

蒙古高原の旅
江上波夫コレクション展

会期:2005年02月05日 〜2005年05月08日

江上波夫本学名誉教授(1906-2002)が戦前に内蒙古(現中国内蒙古自治区)で収集した考古歴史標本の一部を公開します。2003年から2004年にかけて御遺族から寄贈された新着資料です。

騎馬民族征服王朝説の提唱者、あるいは1956年に派遣された我が国戦後初の人文系海外学術調査(イラク・イラン)の主宰者として知られるとおり、江上教授は終生、歴史をユーラシア規模でながめつづけたスケールの大きな研究者でした。

そんな江上流歴史学をはぐくんだのは戦前の内蒙古調査の体験だったようです。1930年の3次にわたる予備踏査を皮切りに、1931年、1935年には走行距離4000キロにもおよぶ本格踏査を敢行しておられれます。さらには1939年、41年には元代オングト族の王府址発掘も手がけられました。

旅の記録の一部は『蒙古高原横断記』(朝日新聞社、1937年)におさめられています。今回の展示では、この本を手がかりにして寄贈品をながめながら、若き日の江上教授が内蒙古で何を見、何を考えたのかさぐってみます。



2005年度

国際協働プロジェクト

グローバル・スーク展

会期:2005年05月27日 〜2005年08月28日

本プロジェクトは、国際舞台で活躍するイタリア人建築家セルジオ・カラトローニ、ミラノ在住の服飾評論家矢島みゆき、サンパウロのカーサ・ブラジリエイラ美術館の館長アデリア・ボルヘス、東京大学総合研究博物館教授西野嘉章の四人の呼びかけにより、ヨーロッパ、アフリカ、アジア、極東、南米、北米など世界各地の人々から寄せられた様々な人工物を観覧に供することで、人間の有する造形感覚、表現手法、価値体系がいかに多様であり、その多様性を相互に認め合い、結び合う寛容さこそが、現代社会に分断をもたらしている言語、宗教、文化、人種の隔てを克服する上でいかに大切であるかを、視覚的かつ悟性的に理解させるためのものである。



東京大学コレクション XX
特別展示

関野貞アジア踏査
平等院・法隆寺から高句麗古墳壁画へ

会期:2005年06月04日 〜2005年09月04日

19世紀末から20世紀初めにかけて、古文化財の調査・研究に大きな功績を残した建築史家、関野貞(1867〜1935)の仕事をふりかえる展覧会です。関野は40年ほどの研究歴の中で日本・朝鮮半島・中国を広く踏査し、後に文化財とよばれるようになる諸物件を先進的な手法を用いて次々に調査、研究していきました。文化財の扱いがまだ確立されていなかった頃に、その修復や保存、公開にまで尽力しています。いわば東アジアにおける文化財研究の先駆者の一人です。

今回の展示では、特に奈良と朝鮮半島における関野の文化財踏査の足跡をたどり、その仕事の意義を検証してみます。膨大な数に上るフィールドカード、乾板写真、評価修復に関わった平等院鳳凰堂、法隆寺、薬師寺など古社寺の模型、図面、東アジア古建築の瓦、朝鮮古墳関連資料などが主たる展示物です。近年世界遺産に指定された高句麗古墳を保存すべく関野が制作した壁画実大模写も展示されます。



ミニ展示

ヒューマン・イメージ
先史時代の儀礼と人物像

会期:2005年06月04日 〜2005年09月04日

先史時代から現代にいたるまで、儀礼は人間社会の様々な局面で重要な役割を果たしてきました。本展は、特によく儀礼に用いられる造形物の一つ、人物像について、その独特な役割や意味を考察するものです。縄文時代の土偶をはじめとする世界各地の考古学標本に加えて、木偶や仮面など民族誌標本も幅広くとりあげます。



特別展示

ディオニュソスとペプロフォロス
東京大学ソンマ・ヴェスヴィアーナ発掘調査の一成果

会期:2005年10月15日 〜2005年11月13日

東京大学の海外学術調査隊がイタリアのナポリ近郊ソンマ・ヴェスヴィアーナ市のローマ時代遺跡「アウグストゥスの別荘」(通称)で、ローマ時代の「ディオニュソス」と「ペプロフォロス」の彫刻二体その他の古代ローマの遺物を発掘したことは、時代を画する大きなニュースとして世界各地に伝えられています。

本展は、上記の彫刻二体が、愛知万博に出品するため、イタリア政府の特別の計らいで国内に招来されている機会を利して、ソンマでの東大調査隊の発掘成果の一端を学内外に広く紹介しようとするものです。

二体の彫刻を東京一円において一般に公開するのは、もちろん初めてのことであり、また、きわめて貴重な古代遺産であり、今後二度とイタリア国外へ貸し出しされる可能性がないと考えられることから、大学博物館で特別展示を行う意義は充分にあると考えられます。学内での研究成果を社会一般に向けて公開することは、まさに総合研究博物館の使命そのものでもあり、東京大学全体にとっても意義深い展覧会になるに違いありません。



新規収蔵展示

重井陸夫博士コレクション
ウニの分類学

会期:2005年10月15日 〜2006年04月16日

重井陸夫博士が日本全国の海から収集されたウニの貴重なコレクションを展示公開します。ウニは浅海から深海に至るあらゆる海洋環境に適応し、日本に約160種、世界全体では約900種が知られています。ウニは体全体が石灰質の殻と棘で覆われ、複雑で美しい形を作り出しています。我々にはなじみの深い食用ウニから、珍奇な希少種まで、ウニの多様な世界を紹介します。



特別展示

東京大学総合研究博物館開館10周年記念
アフリカの骨、縄文の骨——遥かラミダスを望む

会期:2005年11月26日 〜2006年06月09日

私たちヒトはどのような進化を経て現代に至ったのか。人類がたどってきた進化の道筋を実証する化石骨や古人骨資料は、フィールドワークを通じて創成され、博物館現場を中心にその科学的解釈がなされます。本展では、440万年前のラミダス猿人や16万年前の最古級のホモ・サピエンスなど、アフリカにおけるフィールドワークの成果と本館における研究とキュラトリアルワークの現場を融合的に展示紹介します。